#3 「都の西北 コリアの街 其の一」早稲田~大久保
第3回の舞台となるのはカントクのアイデンティティーが形成された土地、早稲田。
都電早稲田駅の変わりように驚き、大隈商店街を抜け、馬場下町へ。
カントクが学生時代に通った「三朝庵」では、なじみのオバちゃんと昔話。
この店はカレー南蛮発祥の店。
東京の名物はおいなりさんとカレー南蛮だよなんて話つつ、
カレー南蛮を頂く。
カントクの母校・早稲田中学校では映画部でのことを思い出し、
早稲田通りを高田馬場方面へ。
早稲田松竹で支配人と映画話に盛り上がり、新大久保へと向っていく。
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山本 晋也
1964年岩波映画で羽仁進監督に師事、助監督となる。翌年インディペンデント系日本シネマで監督デビュー。1990年、エイズ問題に関心を持ちボランティア活動を開始。その後全国の中・高校、保健所などで講演活動を展開。テレビ朝日系『トゥナイト』で風俗をはじめとする社会状況をレポートし、人気を博す。「ほとんどビョーキ」の流行語は有名。
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