#1 「鉱石ラジオとオタク天国」秋葉原~神田
第1回のスタートとなるのはカントクの生まれた神田。
まずはカントクが生まれ育った神田を舞台に
今も昔も変わらない東京の粋を探します。
神田駅西口を出発し、サラリーマンでにぎわう
神田のガード下飲屋街を通り本郷通りにある創業85年、
昔と変わらない顔の看板がトレードマークの顔のYシャツへ。
さらに神田料亭の老舗街須田町へと進みます。
文豪が愛した洋食屋松栄亭を通り、
神田老舗のそば屋まつやに入るカントク。
まつやにてそばをすすりながら
二代目と思い出話、江戸っ子はそばを喉越しで味わう、
つゆにはどっぷり浸けない、などそばの食い方の蘊蓄も。
その後万世橋を右に見て昌平橋を渡り
神田明神下交差点へ向かう途中で子供の頃の思い出や
神田明神にまつわる逸話も披露。
そして今や世界のオタクの聖地となった
「アキバ」秋葉原へ突入。
秋葉原がなぜ秋葉原になったのか、
昔存在した秋葉原神社の話、
また世界から集まる「アキバ」オタク達に聞き込み調査して、
オタク文化の今を探り、世界に誇れる街となった
アキバの街を徹底散歩。
散歩の途中、カントクはおもむろに
お嬢様系メイド喫茶「ぽんでぃしぇり」へ入っていきます。
メイドさんにリフレクソロジーをしてもらい、疲れもとれて、
メイドさんとスキンシップまでとれるメイド喫茶でしばし休憩。
街をぶらぶらしていると昔懐かしい鉱石(ゲルマニュウム)ラジオが
キットになって売られているお店を発見。子供の頃の思い出し、
少年の心を熱くする街「アキバ」を改めて実感するのでした。
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山本 晋也
1964年岩波映画で羽仁進監督に師事、助監督となる。翌年インディペンデント系日本シネマで監督デビュー。1990年、エイズ問題に関心を持ちボランティア活動を開始。その後全国の中・高校、保健所などで講演活動を展開。テレビ朝日系『トゥナイト』で風俗をはじめとする社会状況をレポートし、人気を博す。「ほとんどビョーキ」の流行語は有名。
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