
#2 フェリペ2世が愛したエルエスコリアル
マドリードの北西50kmに位置する街・エルエスコリアル。フェリペ2世が造営した世界遺産「エルエスコリアル修道院」を中心に、スペインが世界の覇権を握っていた黄金時代に思いを馳せます。




|
第
|
こたえ: アーメスト・ヘミングウェイ
|
|
1888年創業の『カフェ ヒホン』。この店に通った文豪で、スペインを舞台にした小説を数多く残したのは誰でしょう? |
アーネスト・ヘミングウェイはしばしばスペインに滞在し、『日はまた昇る』『誰がために鐘は鳴る』など、スペインを舞台にした名作を数多く残した。 |
|
第
|
こたえ: フィリピン
|
| 世界中に領土を持っていた16世紀のスペイン。
その領土の中で、当時の国王フェリペ2世の名前が、現在の国名の由来となっている国はどこでしょう? |
|
第
|
こたえ: メキシコ
|
|
カカオの原産国はどこでしょう? |
迫田先生の補習授業のコーナー!
|
フェリペ2世 エルエスコリアル修道院
|
<フェリペ2世>(在位1556年~1598年)
『静寂な地で眠りたい』という、父カルロス5世の遺言をうけ、エルエスコリアル修道院の建設を命じる。 敬虔なカトリックで、エルエスコリアル内にある教会の裏側に自らの寝室を設け、晩年を小さな部屋で過ごすなど、華やかな偉業とは裏腹に、質素な生活を送った。芸術や学問を擁護し、文化的にもスペイン黄金時代をつくった。 |
|---|---|
|
聖ロレンソ 焼き網のシンボルマーク |
<王立エル・エスコリアル聖ロレンソ修道院>
聖ロレンソの日にスペイン軍が勝利を収めたことから、フェリペ2世は修道院に聖ロレンソの名前をつけた。修道院や宮殿、美術館、図書館などを兼ね備え、およそ3000の部屋があるとされている。 織田信長、豊臣秀吉、徳川家康とほぼ同じ時代を生きたフェリペ2世は、1584年(エルエスコリアルが完成した年)に、天正遺欧少年使節をエルエスコリアルに招いた。 聖ロレンソは焼き網の上で死んだと言われており、 焼き網が修道院のシンボルマークになっている。 |
宿題クイズ
スペインの高度な食文化を支えてきた重要な魚とは何でしょう?
クイズの答えは#3の番組で詳しく解説!!
#3 美食の街・バスク





問

問

問









おもしろテレビMONDO21