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| 羊肉の味とベリーダンス |
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もうずいぶん昔になるけれど、ロンドンのトルコ・レストランで働いていたことがある。ただし、地元のピアノ・トリオでベースを弾いていただけで、真面目にキッチンとかフロアで働いていたわけでない。そもそもは知り合いのベーシストがそのバンドを辞め、僕がその後釜に入ったのだけど、そのとき言われたのが「この仕事はメシがうまいんだよ」だった。その店は、ロンドンの金融街シティーの古いビルの地下にあって、昼間は株の取引で狂乱している株屋たちの足の下で、夜毎トルコの民族音楽とベリーダンサーによるショーが繰り広げられていた。その場違いなと
ころにあるトルコ・レストランで、ショーの合間にこれまた場違いなジャズを僕たちは演奏していたわけなんだけど、毎晩12時過ぎに夜食として出されたトルコ料理が、前任者の言った通りうまかった。特に羊肉の固まりを煮込んだあの味が、僕にとっては初めてのはずなのに、不思議な懐かしさとともに体中の血が騒ぐのを感じた。で、ひょっとしたらオレの祖先は昔シルクロードを行き来していた商人だったんじゃないかと、勝手に想像しては胸を踊らせたものだ。おかげで、トルコ料理というと、いまだにあの時食べた羊肉の味と、ベリーダンサーの波うつように動く脂肪のついたおなかが浮かんでくる。
東京にトルコ・レストランができたのはそれからずっと後の80年代も半ばのことで、あるとき赤坂に新しくできた店に僕も出かけてみたことがある。しかし、食べているうちに何だか変だぞと思ったら、本来は羊肉のはずの料理が、なんとこれが全部牛肉に代えられていた。どうやら店の配慮で、羊は日本人の口に合わないので牛肉に代えたらしい。それはたとえて言えば、アメリカの寿司屋でまぐろを注文したら、アメリカ人の口に生魚は合わないので牛刺しに代えました、というのと同じくらいの暴挙だ。あんまりガッカリしたので、それ以来、僕は日本でトルコ料理を食べるのを諦めてしまった。
ところが、最近になって今度はドンネル・ケバブを売る屋台バスが渋谷に登場したというのを耳にして、喜び勇んで出かけて行った。しかし、残念ながらそいつもやっぱり羊肉ではなく牛肉で作っていた。 |
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| 日本人は羊肉が苦手? |
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ドンネル・ケバブというのは、縦にした太い鉄串にスライした羊肉を何百枚も重ねて刺し、ちょうどボクシングのサンドバッグのような形になったものを、ゆっくり回転させながら横からヒーターであぶり焼にする。そして、表面が焦げたところを包丁でそぎ落として食べるってやつで、香ばしく焦げた羊肉の味が病み付きになるくらい美味しい。普通のローストだといくら表面の焦げたところがうまくても、外側を食べたらそれでお終いだ。でも、このドンネル・ケバブ方式だと、表面の焦げたところを何回でも繰り返し作れるわけで、僕はこの装置を考えた人はじつに賢いと思う。そういうこともあってか、このドンネル・ケバッブは、いわばトルコ発のファースト・フードとしてヨーロッパでもアメリカでも、たいていの大都市ならテークウアトの店があるくらい人気がある。肉については、トルコでも牛肉のものはあるけれど、普通に食べるのはやっぱり羊肉だ。でも、日本では羊肉だと日本人の口に合わないということで選択の余地もなく牛肉に代えられてしまう。このあたりのことを今回取材した「アンカラ」の主人に聞いたら、もう一つ理由があった。日本ではおいしい羊肉が手に入らない、だから料理によっては牛肉を使っているのだそうだ。つまり、一般的に羊肉を食べる習慣がないから、おいしい羊肉も流通しないということで、結局は食文化の違いってことになる。
しかしだよ、我々日本人は、自慢じゃないけど世界に冠たる雑食民族だ。朝食にトーストとハムエッグを食べ、昼にカレーライスを食べ、夕飯には中華風野菜炒めとハンバーグと味噌汁が家庭の食卓に当たり前のように並んだりする。そればかりか、ポーク・カットレットをカツレツに変え、さらに千切りのキャベツを添えてとんかつにし、ついにはかつ丼なんてものまで考案してしまう折衷民族でもある。そんな国って世界中で日本だけでしょ。肉だって明治の文明開化以来牛肉からはじまって豚も鶏も食べてきた。その日本人がたかが羊肉くらいでひるむとは一体どうしたことか。 |
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| しょう油の功罪 |
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つらつら考えるに、文明開化以来、日本人は西洋一辺倒で、羊肉文化圏のイスラム諸国には全く目が向いていなかった。キリスト教でもないのにクリスマスをやり、教会で結婚式を上げ、さらにヴァレンタインデーは国を上げて大騒ぎする一方で、アジア・中近東にはつい最近までまったく興味を持っていなかった。だからトルコ料理が世界の三大料理だといわれてもピンとこないし、羊肉料理にも無関心だった。ただし、ヨーロッパの国々でも羊はこちそうで、フランスではプレ・サレ(モンサンミシェル付近の海辺に生える耐塩性の強い草を食べた小羊)なんていう究極の小羊肉まであって、羊のほうが牛よりも地位は上なのだ。それでも西洋大好きな日本人が羊肉に手を出さないとなると、きっと他にも理由がありそうだ。そこで思い当たるのが、我らが万能調味料しょう油の存在だ。
しょう油はどんなものでも美味しくしてくれるだけでなく、魚や肉の臭みも消してくれる実にありがたい調味料だ。日本人が明治になって初めて牛肉を口にした時も、しょう油があったからこそ未知の肉を牛鍋という形で違和感なく受け入れることができた。問題は、このしょう油があまりにも美味しすぎたもんで何にでもしょう油が使われ、同じように羊肉にもしょう油が使われたところにある。
スーパーとか肉屋へ行くと、よく「ジンギスカン用マトン」としてしょう油ダレに漬けこまれたやつが売られているけど、僕はあれが羊肉の一番まずい食べ方だと思う。ただし、日本では、昔から羊肉といえばどういうわけかあの「ジンギスカン用マトン」のことで、日本人の誰もが羊肉は臭いものだと思いこむようになったのも、あれのせいだ。たぶん羊肉は臭いという先入観があるから、しょう油ダレに漬けこんで匂いを抑えるつもりだったのだろうけど、羊独特の匂いやうまみがしょう油とぶつかり逆効果になってしまった。その結果、臭くて美味しくないから売れ残り、古くなるからさらに臭くなる。そして困ったことに、羊肉本来の味を知らなければ、その古くなったものを食べ、羊肉は臭いものだと思いこんでしまう。そんなもの誰だって食べたくないはずで、羊肉が日本に定着しなかった大きな理由として、しょう油の存在と、この悪循環があるのだと僕は思う。日本では美味しい羊肉が手に入らないという「アンカラ」の主人の言葉は、どうやら日本人は美味しい羊の味を知らないということを意味していたようだ。
そんなわけだから、本当の羊の味を知るには、まずはトルコ・レストランへ行くのがいいかもしれない。当然のことながらしょう油なんかないから、塩とスパイスで羊肉の持ち味が生かされている。それから、フレンチ・レストランでミディアムに焼かれた小羊を食べてみるのもいい。そうすると、羊肉本来の香りとうまみがいかにデリケートで、いかに「ジンギスカン用マトン」と違うかがわかるはずだ。そのためには、トルコ・レストランではもっと当たり前に羊肉を使ってもらいたいし、屋台バスのドンネル・ケバブは、羊は臭いと思い込んでいる日本人のためにも、堂々と羊肉を使ったケバブを焼いてもらいたい。これは羊肉大好き人間の切なる願いだ。
いや待てよ、シルクロードを行き来していた商人の末裔の願いとでもしておこうか・・・・・。 |
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