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大阪には暫らくお邪魔していなかったので、浜松から新幹線に乗り、行ってみた。過去2回取材させていただいたのだが、そのどちらも南が中心だったので、今回は北を中心に回ろうと思い、まず中之島公園へ向かった。中之島公園に居酒屋が有るわけではないが、オープニングと散策の場所の下見だ。日銀前に立つと、その威風堂々とした姿に圧倒される。ここが、商人の町大阪の中心と言ってよいのだろう。日銀の反対側には大阪市役所。その裏には中之島図書館や中央公会堂が並んでおり、その全てがとても素晴らしい建築物だ。建物の中に入らなくとも、外から眺めるだけでも目の保養になる。散策はここだなと決め、お初天神に向かった。
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| 北は、北新地と言う一大飲み屋街があるが、地元の人間でもどこに入ってよいのか分からないほど多くのクラブやバーが並んでいる。ざっと歩いたことはあるが、新宿の歌舞伎町と同じで、居酒屋の類はあまり見つからない。それに比べると、お初天神周辺は古い飲み屋小路で、古そうな店が沢山残っている。まずはお初天神にお参りだ。お初天神は正式には「露天神社」だと言うことを今回はじめて知った。無知だった。曽根崎心中に登場するお初と徳兵衛が心中したところだそうだ。しかし、二人は死んでも別れ別れに眠っているらしく、可哀想でもある。 |
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| まず入ったのは、大阪下町酒場列伝という本に登場する「北龍」。小料理屋のような引き戸を開けると、店内はカウンター割烹のような作りだ。とは言っても建物の古さが幸いして緊張感と言うものはあまり無い。ゆっくり落ち着ける雰囲気だ。とりあえずの生ビールをいただき、天豆のお通しで一杯やった。この店は、ご主人夫婦と妹さんで営業されているそうで、奥様の大阪人特有の人なつっこさがとてもいい。一見の私でもとても和める。お酒を日本酒に変えて、穴子の白焼きをいただいた。とても美味しい。物静かなご主人はせっせと料理を作り、たまに趣味のジャズの話をする。最後に一曲かけていただき(それもアナログのレコードだ)店を後にした。まだ寄りたい店が沢山あったので。 |
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| 次に向かったのは、直ぐ隣の「門」だ。隣とは言っても、調べた住所は北龍と同じ。いわゆる長屋(同じビルとも言う)だ。何の変哲も無いドアを開けると直ぐに階段で二階に上がる。知っていなければ絶対にドアを開けないだろう。そんな怪しい雰囲気だ。しかし、階段を上がったところには狭いが、気持ちの良い空間が広がっていた。居酒屋として、ちょうど良い大きさではないかな?まだ誰もいないカウンターに腰を下ろし、何か日本酒をと聞いてみた。岸和田出身の威勢の良いご主人に勧められたのは、我が天下という日本酒の燗。どっしりとして、それでいて切れがある大変美味しい酒だった。お通しが三種類も付いたので、それで暫らく楽しんだ。聞くと、先代がこの店を開いたのはずいぶん前のことで、今のご主人が店を継いで十年近くになるという。その後、人に店を任せ、ご自分は二軒他の店を開いたそうだ。その二店が軌道に乗ったので、お客の顔の見えるこの店に戻ってきたそうな。なかなかの企業家である。しかし、そんな振りを微塵も見せず、客の対応をしてくれる。さすがに大阪商人だ。その後、麒麟山の燗とうなぎの肝煮をいただき、満足して店を後にした。 |
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| 次はバーだ。これも直ぐ近くの「北サンボア」だ。大阪では一度もバーに行っていないので、今回は是非バーをと考えていたのだが、大阪には名店が目白押しでどこにしようか迷っていた。最も古いバーは多分「堂島サンボア」なので、そこにしようかと思っていたとき、銀座の「ロックフィッシュ」のマスターに「北サンボア」の話を聞いた。堂島サンボアや吉田バーほど有名ではないが、古くて良い店だという。なにしろ、前の二軒から近いのが良い。歩いて30秒もかからない。店の前に立つと「北サンボア洋酒店」の文字と木造の古い作りが迎えてくれる。店内もこれぞ昭和のバーという年期が隅々まで充満している。さらに歴史を感じさせる立ち飲みスタイル。バーには珍しく17時開店なので、既に多くのお客さんがカウンターで飲んでいた。私もカウンターの端に立ち、ハイボールをお願いした。サンボアといえばハイボール。それも全てサントリーの角ビン。角をこれだけ多く消費する店は少ないだろう。サントリーに感謝状をもらっても良いくらいだ。どこのサンボアでいただいてもハイボールは美味しい。作り方はそんなに特殊ではないのに不思議だ。最後のレモンピールが秘訣だというのだが、私にはそれよりもこの立ち飲みの雰囲気がそうさせるような気がする。この店は、マスター夫婦と息子さんで営業している、典型的な家族商いである。これほど老舗のバーが家族で営業していることが、客を引き付ける要因の一つとなっているように思われる。二杯目のハイボールを飲み終えると、店内は既に満員。今日のところはこれぐらいにしておこう。取材交渉は、明日にでもすればよいのだから。 |
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| お初天神界隈には良い店が多かった。この三軒で決めてしまっても良かったのだが、もう少し回ってみよう。これもロックフィッシュのマスターに聞いた北新地の「いし橋」だ。新世界にはスナックのような店ばかりだと思っていたら、居酒屋もありました。北新地の真ん中といってよいところに、堂々とした木造(そう見えた)の建物が。一階はコの字のカウンターだけで、二階には宴会場があるらしい。まだそんなに遅い時間ではないのだが、もうカウンターにはお客さんは無く、一人でカウンターの隅に座った。ビールにイカ刺し、ついでにうな巻きも一つ。てきぱきと注文を受ける女将さん?が、いかにも大衆居酒屋の女将さんと言う雰囲気でとても和む。奥の厨房では板前さんたちが二階の宴会の料理なのだろう、まだまだ忙しそうだ。それに比べて、一階はもう閉店なのか、若い女の子が賄いを食べている。美味しそうだ。何とはなしに女の子たちの会話を聞いていると、一人が今日からの新人で、もう一人がもう直ぐやめるようだ。先輩が若手に仕事を教えていたのだ。アルバイトでもこうして仕事が受け継がれていくのだなあと、楽しい気分になった。 |
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| もう一軒、ホテルに戻る前に行きたい店がある。「堂島サンボア」だ。大阪で一番古いバーと聞いている。北新地のはずれにそのバーはあった。改装したのだろう。ちょっと小奇麗な感じの入り口に、店内もオーセンティックではあるが清潔そのもの。古いバーと聞いていたので、ちょっと予想と違った。しかし、重厚なインテリアは、大阪最古のバーの風格を醸し出している。ここでも再びハイボールをお願いした。マスターは意外と若い。先代のマスターを継いだのだろう。しかし、店の雰囲気、歴史、そして、常連のお客さんたちが作り上げた店はやはり偉大だ。今日のところはこの辺で引き上げよう。また明日もあるし。 |
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| 次の日、遅くまでベッドで過ごし、「明治屋」へ向かった。明治屋さんはこの番組では既に取材させていただいたが、立ち退きを目の前にしているというので早い時間に寄って見た。何しろ昼過ぎから営業している。店は相変わらずだが、周りはほとんど立ち退いて、一軒だけぽつんと営業していた。店内にはまだ午後早い時間だというのに七割がたお客さんが入っている。テーブル席には、ギャルが三人で飲んでいるではないか。昔はオヤジばかりが飲んでいる渋い店だったのに、ずいぶん変わったものだ。これも私たちマスコミの影響かと思うと、少々責任を感じる。松竹海老の燗酒をもらい、き寿司(しめさば)と出汁巻をお願いした。カウンターの中の方も取材のときとは変わり、ずいぶん若いお姉さんになっている。しかし、雰囲気は変わらず、太田さんが日本三大居酒屋の一つと認定していることに違いは無い。酒もアテも申し分無い。立ち退きの話を聞いてみた。すると「今すぐ立ち退きということは無いと思います。ただ2年後ぐらいには立ち退くことになるでしょう。」とのこと。残念だ。これほどの店はもう日本には少ないというのに。 |
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| 夕方四時になり、吉田バーへ向かった。老舗のバーだが、私は初めてだ。先代のマスターがお亡くなりになり、その後を娘さんが継いでいるという。難波のはずれ、ちょっと目立たないところにあるが、堂々とした風格だ。店内に入るとますます風格を感じる。壁という壁に並べられたミニボトルが圧巻だ。そして、壁掛け時計のコレクションも凄い。先代のマスターが集めたものだそうだ。先客は一人。反対側のカウンターに座り、ジントニックをお願いした。ちょっと昔の味だが大変美味しい。お話を聞くと、ミニボトルの掃除が大変で、さらに古い時計が多いので、動かなくなるとロンドンの時計屋さんへ里帰りをさせるそうだ。その金額だけでも大変なものだそうで、えらいものを残してくれたと苦笑しておられた。この店で太田さんが飲んでいるところを映像にしたいものだ。さぞかし、いろいろな物に興味を引かれて、饒舌になるだろう。しかし、今回は北にターゲットを絞っているので次回かな。 |
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夕方五時を回り、良い時間になってきた。昨日のお初天神へ行って、取材の交渉をしよう。まずは「北龍」。昨日も寄ったので、顔見知りだ。早速取材のお願いをしたのだが、ご主人も女将さんもあまり良い顔をしてくれない。本に出たことで常連さんにご迷惑でもかかったのかもしれない。そこを何とかとお話しすると、ちょっと考えとくわと言ってOKは出なかった。(その何日か後に、もう一度お電話をすると、常連のお客さんで当番組のファンの方に、後押しされてやっと快諾していただいた。収録当日にそのお客さんもうしろに写っています。) 気を取り直して、今度は「門」へお願いに行った。ここのマスターは、取材のお話をすると、太田さんの著書を読まれているそうで、直ぐにOKをいただき、逆にこんな店でよいのですか?と恐縮がられてしまった。
こうなったら、お初天神だけで三軒取材しようと決め、「北サンボア」へ向かった。昨日と同じく、かなり混んでいる。ハイボールを一杯いただき、お話できる隙を狙ったが、とてもゆっくりお話できるような状況ではない。仕方が無いので、後でお電話することにして、店を後にした。 |
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| もう三軒に絞ったので、後は惰性だ。面白いと聞いていた新梅田食堂街へも行って見よう。阪急百貨店のコンコースを抜けたところにその食堂街はあるはずだ。阪急のコンコースは松田勇作の遺作「ブラックレイン」に登場する場所で、今は人でごった返しているが、映画の撮影のときは当然、人を遮断して行われた。この場所にバイクを走らせて、アクションシーンを撮影するのだから、ハリウッド映画は凄いことをやるものだ。私もそんな映画が撮ってみたい。(無理だよね。)コンコースの天井は映画の撮影が出来るほどなのでとても高いが、新梅田食堂街は思いっきり低い。線路下のガードを二階建てで利用しているのだから、そうなって当然だ。しかし、活気は凄いものがある。串揚げ屋から、おでん屋、立ち飲み、定食屋まで所狭しと並んでいる。そのほとんどが客でいっぱいなのだから、やはり大阪のバイタリティーは凄い。その中に評判の「樽・金盃」はあった。二坪ほどの立ち飲みの店で、カウンターには金盃の樽がデンと構えている。満員のお客さんだが、一人だと言うとどうにか詰めて入れてくれた。それこそダークだ。(ダークとは、大阪のたち飲み屋で使われる用語で、満員の客がお互いに譲り合い、体を斜めにして飲む姿を現している。ダークダックスが斜めになって歌っていた姿に起因しているらしい。)樽酒をいただき、アテは煮込みだ。これこそ大阪の立ち飲みと言う感覚に触れられ、大満足。しかし、こんなに混む店では取材は無理だなと、すごすごと退散した。 |
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| 後一軒、この食堂街の二階にもサンボアがあると言うので覗いて見た。「梅田サンボア」という店で、北サンボアから暖簾分けをしたらしい。ここも立ち飲みで、名物のハイボールだ。狭い空間で天井も低く、どこか隠れ家のようだ。最後にちょっと寄るには理想的な店だ。客も私を含め3人。マスターはサンボア系列にしては、フランクな良く話をする人で、気がついたら3杯目のハイボールを頼んでいた。 |
| それにしても、大阪の夜は活気に溢れている。寂れてしまったと聞いていたお初天神でも、それなりに客は多く、若い店も出来ている。大阪人は景気の話をすると、みんなアカンと言ってはぐらかすが、本当に景気が悪いのだろうか?そんな気にさせる大阪の飲み屋であった。 |