関連DVD/書籍情報

愉楽の銀座酒場

太田和彦著愉楽の銀座酒場 09年5月発売!! 1,700円(税込み)

太田和彦の日本百名居酒屋

「太田和彦の日本百名居酒屋」DVD 1~3巻 09年4月発売!! 各3,990円(税込み)

 


 秋の日本海沿岸を回ってみたくて新潟県村上市へ向かった。秋の村上と言ったらなんと言っても鮭だ。今では北海道が鮭の本場として有名だが、まだ北海道がアイヌの土地だったころは、鮭と言えば村上だった。そんな町でどんなものが食べられるのか、そして、有名な日本酒の蔵が二軒もあるので、さぞかしいい酒が飲めると期待して村上駅に降り立った。

 駅前は何の変哲も無い普通の地方都市。歴史ある町だと聞いていたのでちょっと拍子抜けだ。ホテルに荷物を置いて、村上城跡を目指して歩き出したのだが、意外と遠い。やっとついた村上城址は丘というより立派な山で、この山の頂上に城があったかと思うと、昔の人は凄いことをしたものだなと感心する。しかし、頂上からの眺めは最高で、日本海まで一望できる。ちょっとお年寄りには無理だろうが、是非登ってもらいたいものだ。

 街中に降り、有名な鮭屋さんの前に到着すると、駅前の風景とは一変。古い町並みが沢山残っている。ただ商店街を歩いていても大変面白い。商店街から一本裏に入ったところに「浪漫亭」という表札の出た、大変古い家を発見。ここがもし居酒屋なら入ってみたいものだと思ったのだが、この造りでは割烹か料理屋さんだろう。夜、どこかの居酒屋で聞いてみれば良いと、そのときはそのまま立ち去った。

 夕方までに、まだ時間があるので、店の下見もしておいた。インターネットで調べた「千渡里」。住宅街と言って良いところにぽつんとある割烹料理屋で、ちょっと高そうだ。しかし、併設して居酒屋をやっていると出ていたので、期待が持てる。その同じ路地を表通りの方へ歩くと、「欧風居酒屋夭夭亭」と言う看板を発見。なんと読むかは分からない。古くからの町家のようだが、洋風に改装してあり、いい雰囲気だ。昼間だと言うのにドアが開いていたので、覗いてみると中には誰もいない。店内は照明がついていないので暗いのだが、どうもバーのようである。小さな町なので泥棒もいないのか、なんとも無用心な店だ。その夭夭亭の直ぐ前にも良さそうな居酒屋がある。しかし、看板の字がくずしてあるのでよく読めない。まあ、入ってみれば分かることだ。さらに、路地を進み、寺町に入ると、料理屋さんや炉端焼きなどが並ぶエリヤに出た。その一角に「洋酒喫茶木馬」の文字を発見。どうもバーらしいのだが、ドア一枚なのでまったく想像がつかない。ここも、後で入ってみれば分かることだと思い、一旦ホテルに戻った。

 夕方五時ぴったりに「千渡里」の前に着いた。看板の明かりは点いており、入口は二つある。豪勢な造りのほうが割烹で、ドア一枚なのが居酒屋なのだろう。その小さいほうの入口から入ると、カウンターのあるいかにも居酒屋風の空間が広がった。これは安心して酒が飲める。カウンターの端に腰を下ろすと、ご主人のような方と、もう一人若手の板さん。そして、ご主人の娘さんだろうか、とても可愛いお嬢さんが一人。みんな和気藹々と仕事をしている。割烹のほうの仕込だろうか、こちらには客は誰もいないのに、忙しそうだ。その合間をぬって娘さんが注文を取ってくれる。まずは生ビールと塩引き鮭だ。ビールを飲みながら小上がりのほうに目をやると、壁一面にサインが書いてある。水森亜土さんのをはじめ、数え切れないようなサインの数だ。その中には椎名誠さんのサインもある。そんなに有名な店だったのか、知らなかった。(後で知ったことだが、村上では超有名店で、勝谷誠彦さんが本でも取り上げているほどの店だった。)ご主人は、そんなことはおくびにも出さず、「鮭のどんがら」食べてみない?とニコニコと話しかけてくれる。「それは何ですか?」と聞くと、「鮭の心臓だよ。この辺では良く食べるよ。」と気さくな答えだ。ちょうどビールもなくなったので、肴に合わせて日本酒にしよう。大洋酒造の「鄙願(ひがん)」だ。ご主人の話では、地元では手に入らない酒だそうだ。新潟の酒販店が特別注文で作っている酒なので、ほとんど東京で飲まれていると言う。この店でも、わざわざ東京から仕入れているらしい。塩引き鮭の塩分ととても良くあう。さらにどんがら(心臓)のちょっとくせのある味にもちょうどいい。そのうちに、カウンターには一人のお客さんがボツボツと入ってきた。みんな常連さんのようで、男性も女性もちょっとした挨拶の後、地元の話で盛り上がっていた。最後に〆張鶴の燗酒をいただき、気になっていることを娘さんに聞いてみた。浪漫亭のこと、夭夭亭のこと、木馬のこと、などなど。その全てにニコニコと応えてくれ、大変良い思いで店を出た。(質問の答えは全て番組でご覧ください。当然、千渡里の娘さんもと言いたいところですが、取材当日は、スナック千渡里で結婚式の二次会があり、そちらの手伝いでほとんど居酒屋のほうには顔を出さなかったのでした。あしからず。)

 千渡里の娘さんのお勧めの通り、次は「夭夭亭」へ向かった。店内はかなり広く、マスター一人では大変そうだ。ふたたび生ビールをお願いすると、お通しとして芋煮と枝豆が出てきた。これはありがたい。芋煮は東北地方の家庭料理というより期間限定のアウトドア料理で、居酒屋ではまずお目にかかれない。そして、新潟特産の茶豆だ。店の内装に似合わず和風のつまみだ。まだ早い時間なのでお客は私一人。マスターに早速なぜ夭夭亭(ようようてい)なのか聞いてみた。すると、昔の漢詩の中の言葉で、若々しいという意味らしい。しかし、教養の無い私には何のことかさっぱり分からなかった。マスターは、顔に似合わず(失礼しました)教養豊かで、インドへの一人旅などもしていると言う(なんと、インドの本まで書いたそうだ)。店内には、インドや東南アジアのお面やオブジェが沢山飾ってあり、一種独特な雰囲気。奥には大きなテーブルや中二階もあり、その昔は客で溢れるほど賑わったそうだ。そのときは奥様やアルバイトも使い、てんてこ舞いだったと言う。しかし、今は若者がどんどん村上の街を離れ、賑わうのは週末だけだとのこと。(実際、取材当日の土曜日は、カウンターは満員。奥のテーブルまで賑わっており、客の一人が店を手伝っていた。私も取材が終わった後、一人でふたたび店に戻り、深夜まで地元の若者と農業の未来について語り合ってしまった。居酒屋で農家の青年と農業について語り合ったのは、長い居酒屋人生の中で初めてではないだろうか。)ちょっと居酒屋紀行には異質だが、是非取材をさせてもらいたい店だ。二杯目のジントニックをお願いすると、近くの病院の先生だと言う常連客が現れた。居酒屋巡りをしていると話すと、いい店があると一軒の居酒屋を教えてくれた。千渡里の娘さんに推薦された、木馬にも行きたいと話すと、「あの店は、素晴らしい。是非行ってみてください。」とご丁寧に自分の名刺を差し出された。私も、自分の名刺をマスターと先生に渡して、次の店へと向かった。(後は番組でご覧ください。)

 どう見ても住宅にしか見えない建物に、「木馬」の看板。何の変哲も無いドアを開けて驚いた。派手ではないが、すっきりとした昔ながらの清潔なバー空間が現れた。カウンターだけの店は何の装飾も無く、シンプル・イズ・ベストを実現している。マスターは白いワイシャツにボウタイ。奥様は美しい着物姿。
昭和30年代の由緒正しきバーはこういった形だったろうと思わせる素晴らしいバーだ。早速ギムレットをいただき話を聞いた。もう40年も営業しており、昔はこの界隈が一番賑わっていたこと。今は、駅前や新しい地区に大型店が出来てそちらに人の流れが変わってしまったことなど。そして、「千渡里」「夭夭亭」と共に村上の酒場では最も古い店になってしまったこと。マスターと奥様の静かなしゃべり方にすっかり魅了された。こんなバーが地方の小さな町に残っていること自体が奇跡に近いだろう。こんな店にめぐり合えたことに感謝しなくては。ふと目を上げると、昔懐かしい黒板のようなメニューがあった。そこにはフィズ類に混じって木馬カクテルと言うオリジナルカクテルがあった。聞くと、卵白が入っていてちょっと甘いと言う。もう最後なので甘いカクテルでも良いなと思い作っていただいた。ちょっとミリオンダラーにも似たゴージャスな味だ。そして、なんとなく懐かしい味がする。今日は平日なのでお客さんは私一人だが、もう何年の通っている常連さんがいるのだろう。こんな店が近所にあったら毎日でも通うだろう。それほど素晴らしいバーだった。(後は、番組でご覧ください。取材当日の裏話を一つ。撮影が終了した後、このバーに村上で長く続く魚屋さんの若夫婦が来店された。その魚屋さんは偶然にも太田さんが出演された番組に、岩牡蠣を提供されたそうで、そのことを覚えていたお二人は、番組の中での太田さんの感想にいたく感激されたそうです。偶然とは恐ろしいものです。)

 もう三軒決まったようなものなので、ホテルに帰っても良さそうなものだが、夭夭亭で教えていただいた「きた新」(名前は定かでない)に寄って行こう。
暗い夜道をとぼとぼと10分ぐらい歩いただろうか。高校のグラウンドの脇にぽつんとその店はあった。引き戸を開けると電気は点いているが誰もいない。大きな声をかけると、裏からご主人が出てこられた。「まだいいですか?」と聞くと、「ええ、客が引けたからもう終わりにしようかと思っていたところですが、構いませんよ。」との返事。カウンターに腰を下ろし、ビールをいただいた。何か食べるものはと聞くと、「俺が山で取ってきた天然の舞茸があるから、土瓶蒸しにでもするかい?」ときた。それは願っても無い。もうかなり酔っ払っているので、最後に汁物はありがたい。出来上がった土瓶蒸しの美味しいこと。さすがに天然の舞茸だ。栽培されたものには無い独特の香りがなんとも芳しい。暗い道をとぼとぼ歩いた甲斐があったというものだ。お世辞にも綺麗な店とはいえないのだが、こんなくらい路地の奥に素晴らしい料理を出す店があるとは、村上恐るべしだ。

 今回は、そんなにたいした下調べもせずに村上を訪れたが、素晴らしい店に3軒も遭遇した。やはり、百聞は一見にしかずだ。実際に町を歩いてみればそれなりの店はあるものだ。まあ、失敗することも多いが、それはそれで楽しいものだ。皆さんも勇気を出して、地方の小さな町に出かけて居酒屋探しをしてもらいたい。それが、新しい出会いを生み、これからの生活の糧になるかもしれないのだから。

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