関連DVD/書籍情報

愉楽の銀座酒場

太田和彦著愉楽の銀座酒場 09年5月発売!! 1,700円(税込み)

太田和彦の日本百名居酒屋

「太田和彦の日本百名居酒屋」DVD 1~3巻 09年4月発売!! 各3,990円(税込み)

 


 2005年の12月は各地で被害が出るほどの大雪だった。とは言っても番組を続けなければならないので、雪の少ない関西へと向かった。関西は、大阪、京都神戸など大都市を回っているが、今回は近々政令指定都市になる堺にターゲットを絞ってみた。その昔商人の町として栄え、千利休を輩出した町だから、必ずや良い居酒屋があるだろうと旅を始めた。

 南海の堺駅を降りると、駅前に近代的だが殺風景な風景が広がった。いかにも最近再開発をしましたという雰囲気で、あまり人間的な暖かさが無い。繁華街は違うところのようだ。ホテルに荷物を置き、貸し自転車で町を回ってみた。
 昼時なので有名な定食屋で昼飯だ。ある本で読んだのだが、そこの大将は一日に3升の釜で12回米を炊くという。それも一人でだ。毎日500人からの客に提供しているのだ。「げこ亭」と言うその店は、何の変哲も無い定食屋だった。いくつかのテーブルが無造作に置かれ、反対側に小皿に盛られた惣菜が無数に並んでいる。客はお盆に好きなおかずを取って、最後にご飯と味噌汁をもらう。私は、卵焼きにぶりの照り焼き、ポテトサラダ、ご飯、トン汁をもらいテーブルに着いた。さあ、何はさておきご飯だ。銀シャリと言う言葉がぴったりの艶。匂いも素晴らしい。口に入れると米特有の甘さが広がる。やはり評判どおり美味しい。そして卵焼きのふわっとした感触がまたたまらない。こんなに美味しい定食屋が大都会にも欲しいのだが、まず無理だろう。人が押しかけてつぶされるのが落ちだ。

 再び自転車にまたがり、仁徳天皇陵を目指した。しかし、無謀だった。かなり遠い。さらに、着いたのはよいが全貌がまったくつかめない。それはそうだ。広さではピラミッド、秦の始皇帝稜を凌ぐ位なのだが、ほとんどが森林に包まれているので、小高い丘にしか見えない。函館の五稜郭のように近くに展望台でも作れば見渡せるのに、難しいのかな?
次に、散策場所を求めて、古い町並みへと向かった。旧鉄砲梶屋敷や江戸時代の豪商の屋敷など、古い建物が住宅地の中にひっそりと残されていた。普段の生活の中に溶け込んでいるのが、なんともよい感じだ。京都や奈良のようにしっかりと観光を目的に残すのもよいが、何気なく街中に残っているのも見ていてとても楽しい。堺の人々の奥ゆかしさを見たようだ。
 自転車を返す前に、繁華街の下見もしてみよう。一番の繁華街は東堺の駅周辺だと聞き行ってみたのだが、そこには新しい店ばかりの飲み屋街が広がっていた。いわゆるチェーン店のような店ばかりだ。これでは仕方が無いので、古いバーだと聞いた「オールドパー」を目指した。そこは、東堺と堺の駅のちょうど中間ぐらいで、古いアーケードの近くに、広くは無いが古そうな飲み屋街が広がっていた。この近くには良い店がありそうだ。そんな感触を残して一度ホテルに戻った。

 夕方、さっきの古い飲み屋街の近くで見つけた「母や」をまず覗いてみた。おでん屋のようで、入り口、内装も相当古い。年季の入ったカウンターに腰を下ろし、まずはビールだ。そして、おでん。目の前に鎮座したおでんのなべが食欲をそそる。まずは豆腐と小芋をお願いした。関西風のあっさりとした出汁が素晴らしい。聞くと、もう40年もやっているらしい(後ではっきりしたのだが、店は40年でも、今のご主人夫婦が店を買って27年だそうだ)。酒を日本酒(新政)に変えようと頼むと、ちゃんとおでんのなべの横で湯煎をしてくれた。さらにさえずりと生湯葉を頼みじっくりやっていると、ボツボツお客さんが現れた。みんな地元のサラリーマンと言う風情で、一人二人の客だ。そのうち女性ばかり5人の客が来て、入り口近くの囲炉裏テーブルを占拠してわいわい楽しそうに飲み会が始まった。これはいい店だ。地元のお客さんに愛されているのが良く分かる。最後に、お勧めの日本酒(長龍 秋上がり純米)を燗にしていただき、取材のお願いをした。(後は番組でご覧ください)。

 もう一軒決まったので気がらくだ。次は、昼間見つけておいた「オールドパー」だ。相当に古い店らしく、かなり古い本に出ていたのを埼玉のバーのマスターに見せていただいたのだが、「今はやっているかどうか分かりませんよ」と釘を刺されていた店だ。
 バーらしいドアを開けると、店内はまるでロンドンパブ。マスターもギンガムチェックのベストを身につけ、決まっている。まだ誰も客の居ないカウンターに腰を下ろし、ジントニックをもらった。マスターは、かなりのお年だが、手さばきも鮮やかにジントニックを作っていく。少々粗い造り方だが、味は大変よろしい。そして、手さばきと同じくらい口も滑らかだ。もう50年以上もバーテンダーをやっていること。関西バーテンダー協会の初期の時期のこと。昔のカクテルと今のカクテルの違い。そして、趣味で始めた彫刻が、今ではほとんどプロで、仏像彫刻を作っていること。
 その仏像を飾ってある二階に行って驚いた。そこはまるで美術館のようなのだが、そのできばえが素晴らしい。どこかの有名なお寺のご本尊といっても通るほどのものだ。開いた口がふさがらないとはこのことだろう。言葉にならないほど驚いた。古い良いバーだとは聞いていたが、こんなすごいマスターだとは。
 再びカウンターに戻り、マスターの話を聞くと、小学校のころから彫るのが好きで授業そっちのけで彫刻に熱中していたと言う。大阪市内でバーテンダーをやりながら、能面などを掘っていたのだが、50歳を契機にもう通勤するのが面倒になり、この店を自宅のすぐ近くにオープンし、本格的に仏像を彫るようになった。それも、もう27年前である。今では、バーの取材より、仏像の取材の方が多いかもと、冗談を飛ばしている。なんともすごい人だ。もう一杯ギムレットをいただき、取材の交渉をして店を出た。(後は番組でご覧ください)

 もう二軒決まった。後一軒良い居酒屋があれば完璧なので、タクシーに乗ってインターネット上で評判の店に向かった。そこは、JRの堺市駅に程近い、大通り沿いにあった。国道沿いにあるラーメン屋のような店構えだが、ここは一つ何か旨いものでもあれば見つけ物なので、暖簾をくぐった。
 店内はカウンターが一本。奥には座敷もあるようだ。大皿料理がカウンターの上に並びどれも美味しそうだ。その中から筑前煮をお願いし、生ビールでのどを潤した。入ったときは数人だった客が、見る見る満員になっていく。それも、みんな酒よりは料理を目的に来ているようだ。どんどん注文の声がかかる。でてきた筑前煮はあっさりした味付けで大変美味しい。周りの客にならって私もクジラの尾の身を注文。そして、酒だ。お燗は菊正宗のみだそうで、それをお願いした。菊正宗も美味しい酒だが、他の酒も燗にしてくれれば良いのにと思ったら、いわゆる自動燗付け機だった。それでは仕方がない。尾の身の刺身も大変美味しいのに残念だ。
 この店は子供から大人まで、食べるのが目的で来る店で、居酒屋ではないなとあきらめて、次の店に向かった。

 次の「きのした」もインターネットで評判の店だが、かなり繁華街からは外れている。タクシーに再び乗り、南海堺駅の方向へ戻った。近くに大きなステーキの店があるので迷わずにすんだが、かなりひっそりと隠れている。
 店内は満員で、みんな楽しそうにやっている。一人ですが、と声をかけると、店主らしき方が、カウンターの一番奥でよければと、案内してくれた。鍵の手に折れた小さなカウンターの一番奥の席に何とか座った。目の前のメニューには美味しそうなものばかり。まず、越州の冷と刺身の三点盛りをお願いし、店内を観察すると、若いお客さんが多いようだ。店主とお手伝いの男性も若く、バリバリと仕事をこなしていく。しかし、10人以上は入れるこの店が満員では、二人ではちょっと手が足りないかも。
 出てきた刺身は、イカ、ヒラメ、カンパチの三点盛り。どれもなかなか良い鮮度で美味しい。そして、酒も申し分無い。お客はみんなそれぞれに楽しんでいるが、店主はそれどころではない。料理を作るのに大忙しだ。私は一人、誰と話すわけでもなく、酒と肴を楽しんだ。しかし、話をしないで飲んでいるとペースが速くなる。もう酒が無い。次の酒は萬寿鏡の燗だ。そして、ウニオムレツカニあんかけと言うものを注文してみた。ただ単に面白いものだなと思い頼んだのだが、これが大変美味しかった。日本酒にもぴったりだ。
 良い店なのだが、やはり二人で回すには無理があるようだ。ご主人と話もできない。私が座ったのが一番奥だったのも悪かった。カウンターの中がほとんど覗けない位置だった。まあこれだけ込んでいたのでは、取材もできないので仕方が無い。ここは、美味しい酒と美味しい肴をいただいたので、すんなりと引き上げよう。

 まだ十時前だが、当ても無いので、とぼとぼとホテルに向かったが、道すがら一軒の店が目にとまった。「九十九」と言う看板が妙に気になる。カウンター割烹のような店だが、この店で最後と思い引き戸を開けた。店内にお客さんは居ず、ご主人と奥様がなにやら片付けをしている。まだいいですかと声をかけると、「いいですよ、今片付けますから。今みんなお客さんが帰ってところで」と気持ち良く迎えてくれた。
 一本カウンターの奥に腰を下ろし、まずは小さいビールをお願いした。料理は、目の前にいくつも並んだ大皿料理だ。それがすごい。チェーン店の大皿料理とは格も質も大違い。ざっと見ても、15種類ぐらい。鴨ローストから始まって、アマダイ生湯葉巻、茶碗蒸し風きのこあんかけ、イセエビの煮たもの、豚の角煮、かに味噌入りナスの田楽風などなど。もう何軒も寄ってきたのでそうは食べられない。ここは一つアマダイ生湯葉巻をお願いした。
 待つ間に出てきたお通しが、鰯とカブの漬物。割烹の味だ。そして、アマダイは最後にきのこのあんかけがかけられて出てきた。こんなに手の掛かった料理は久しぶりだ。居酒屋料理とは言えないレベルの高さに絶句した。まあ、店の作りもカウンター割烹のようなのだから当然か。しかし、目の前に大皿で並べてあるので、居酒屋のような気分になれるところが面白い。
 ご夫婦で、28年。大変良い店にめぐり合ったものだ。聞くと、ご主人は包丁生活40年以上。包丁式の免許皆伝だそうだ。さらに、この店を開く前は1000人は入れると言う大型料理店の総料理長を務めていたらしい。そんな生活を終わらせてこの店を開いたのは、奥さんと二人、自宅の近くでゆっくりと、なじみのお客さんの相手をしたいと思ったからだというから、良い話ではないか。そして、お勘定をしてさらに驚いた。これだけ手の掛かった料理なのに、値段は居酒屋レベルだ。やはり大阪は食い倒れ。こんなに美味しいものを手ごろな値段で食べられるとは。(後は番組でご覧ください)

 ホテルはもうすぐ近くだが、川の端に座り一服していこう。冬の北風も心地よい。それほど、今回の旅は収穫があった。インターネットで調べた店は、良い店だがこれといった突出したところは無かった。やはり自分の足で回らなければ良い店には出会えない。ぶらっと入った「九十九」の素晴らしい料理。たまたま見つけた「母や」の暖かい雰囲気とおでん。そして、「オールドパー」の驚嘆の彫刻。どれをとっても、目から鱗が落ちるような体験だった。まだまだこんな町があると思うと、これからの旅がますます楽しみになった。
 皆さんも、堺の飲み屋さんを回ってみてください。ちょっと歩き回っただけでこれだけ良い店があったのですから、もっともっと良い店があるような気がしますので。

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