関連DVD/書籍情報

愉楽の銀座酒場

太田和彦著愉楽の銀座酒場 09年5月発売!! 1,700円(税込み)

太田和彦の日本百名居酒屋

「太田和彦の日本百名居酒屋」DVD 1~3巻 09年4月発売!! 各3,990円(税込み)

 


 晩秋の頃、酒の肴はますます美味しくなり、旅に出たくなる。しかし、ここはぐっと押さえて、関東で行っていない所に標準を合わせた。

 神奈川県は、横浜2回と湘南、葉山は取材したが鎌倉へは行っていない。鎌倉と言うと観光地と言うイメージが有り、居酒屋の類は少ないだろうと勝手に思っていたが、昔からの文化都市として知られている土地に居酒屋が無い分けは無い。そこで、近い事も有り早速居酒屋巡りに横須賀線に飛び乗った。とは言っても、無闇矢鱈に探すのは効率が悪いので、あらかじめインターネットや知人からの情報で準備はしていたのだが。

まず最初に入ったのは、ある方から情報をいただいた「田楽」である。鶴岡八幡宮の散策を終えて店の前に着いたのは夕方の4時。まだ店は空いていないが、中に人がいる様子なので、ちょっと引き戸を開け何時からの営業なのか聞いてみた。すると、「4時30分からです。」と品の良い女将さんが答えてくれた。ちょっと覗いただけだが、店内には囲炉裡が切ってあり、とても良さそうな雰囲気。しかし、まだ30分有るので、ぶらぶらと近くを散歩してみた。幾つか良さそうな店を発見。「さつき」「野菊」などなど。気が付くと4時35分だ。慌てて戻り一番乗りを目指したが、もう遅く、私の前に中年のおじさんが囲炉裡端に座っていた。やはり常連は開店直後に来るのだなと感心していると、どうも様子が違う。女将さんが注文の仕方を教えている。そして私の方を向くと「お客さんも初めてですか?」と聞くでは無いか。「お客さんも」と言う事は先客も一見だったのだ。これはまずい。お互い初めての客を相手にするのでは、本当の店の良さは分からない。一人でも常連がいれば、店の雰囲気が和む。悔やんでも仕方が無いので、ビールと豆腐の田楽をお願いした。田楽が焼けるまで、ビールで一息付いていると、今度は女性の4人客だ。ますますまずい。女性が嫌いな訳では無いが、これで女将さんとの会話は完全に女性4人に持って行かれる。案の定「久しぶりですね。何年ぶり?元気だった?」と話に夢中だ。田楽が焼け、今度は酒にして、「田楽と熱燗もなかなか良いな」などと思っていると、さらにお年寄りの3人組が「お久しぶり」と入って来た。囲炉裡の周りは8人程度しか座れないので、これでほとんどいっぱい。まだ5時前だ。これでは本当の常連さんが来たら座れない。新参者は退散することにしよう。田楽をゆっくり味わう事も無くお会計をしていただいた。外に出て、良く考えてみるとあれだけ多くのお客さんがそれも早い時間から押し掛けるのは、絶対良い店の証拠だ。しかし、それを味わう暇も無く出て来たのはまことに残念。今度又来ようと思いつつ次の店に向った。

次も鎌倉で長く続くという「長兵衛」。良い店だと先程の知人から聞いた店だが、店の前に立って思い出した。以前、他の仕事で鎌倉に立ち寄った時、昼間だったので寄らなかったが、店構えが良い店だな、と感心した事があったのだ。やはりこの店だったか。見ると、店先の黒板に「生シラスあります。」とある。これは期待できる。店内は外観と同じく、広くは無いが、老舗の貫禄を漂わせる雰囲気。カンターの中では寡黙なご主人が黙々と仕事をこなしている。さあ生シラスだ。その前に燗酒をいただこう。カウンター奥に並んだ、一升瓶が燗付け用らしい。「菊正宗」から「越の寒梅」まで5本。ここは一つ「越の寒梅」にしてみよう。燗が付くまでの間に生シラスが目の前に。この食感となんとも言えない甘味は何年ぶりだろう。清水の「かねだ食堂」「新生丸」、腰越の「しらすや」以来だ。美味しいー!思わず声を上げた。寡黙なご主人がちょっと笑ったような気がしたが。続いて釜上げシラスだ。生シラスをその場で湯で上げるのだから不味い分けは無い。ふっくらとしてほんのりと甘い。生シラスとは違う甘さだ。熱を通すとタンパク質は甘くなるがその時の味かな?燗の「越の寒梅」とピタリ!又、美味しいー!と歓喜の声を上げたら、確かにご主人が笑っている。「美味しいですね。」と話し掛けると、「前の海で、今日取れた物ですから。」と笑顔で答えてくれた。すかさず取材の交渉をすると、意外にすんなり承諾してくれた。その後は昔の鎌倉の話や盃の話で盛り上がり、寡黙だと思ったご主人は案外話好きであった。あまりに美味しいので、長居してしまったが、ここは最後に生シラスの天ぷらも頂こう。カラッとかき揚げ風に仕上げた天ぷらの香ばしいこと。三たび、美味しいー!と叫んでしまった。

ちょっと贅沢をしてしまったので、次のバーへは歩いて行く事にした。江ノ電に乗ると一つ目の駅だが、歩いてもほんの数分だ。店の名前は「THE BANK」。古い本当の銀行の支店を改装したらしい。石造りの建物に重厚なドア。いかにも老舗のバーと言う感じだ。店内も、天井の高さや、インテリアの趣味の良さがさり気なく感じるちょうど良い照明。まだバーが混む時間には早いのにだいぶ混んでいる。カウンターの一番奥に一つだけ空きがあった。座ると同時にジントニックを頼み店内の客を観察してみた。カウンターの並びは地元の30代の三人連れ(このクラスがここの常連であろう)、奥のテーブルは地元の方だろうが、中年おばさんとおじさんが井戸端会議。入り口近くのテーブルは、どう見ても観光客の女性3人。もう一つ変則のカウンターがあるが、そこには地元の若手(20才未満かも)。まあ、良くこれだけ色々な人種が集まったものだ。総勢15人のお客を、バーテンダー1人と手伝いの女性1人で切り盛りしているのだからたまったものでは無い。ネコの手も借りたいとはこの事だろう。店の雰囲気はさておき、これではバーテンダーと会話するなんて到底無理だ。暫くして出て来たジントニックはとても美味しかったが、一杯飲んで店を出た。
 もう一軒、評判の良い店が稲村ケ崎に有ると言うので、行ってみた。その店は海岸通に面した、海を眺めるには絶好のロケーションにあった。店の名は「ジャーク」。外観はいかにも湘南海岸に有りそうな、若者向き。店内は意外と落ち着いたインテリアで、バーとしての雰囲気を保っている。ドアをあけると黒い熊のような犬が座って、お客を迎えてくれる。これには犬好きでもびっくりする。まして、犬嫌いは逃げて帰るだろう。すぐ前を走る車の騒音は意外と遮断されており、逆に大きな窓から眺めるテールランプが物悲しくて雰囲気を出してくれる。若手だがしっかりと経験を積んだマスターの作るカクテルは大変美味しい。老舗の居酒屋「長兵衛」との対比が面白いかもしれないので、ここにお願いしよう。(後は番組で御覧下さい)

ここから自宅に帰るには2時間以上かかる。今日はこの辺で切り上げて、又来てみよう。まだ気になる店が幾つか有るので。

 次のロケハンは一周間後になってしまった。まずこの前、気になってはいたが入れなかった「いさむ」だ。小町通りから細い路地を入った所に隠れたようにある店で、名酒を売り物にしているらしい。5時に口開けの客として入ってみた。カウンターとテーブル一つの小さな店で、内装の感じではまだ新しいようだ。女性が一人カンターの中にいる。「ママさんはすぐ来ますから。」とビールを出してくれた。暫くしてママ登場。この方がアメリカの老舗のソウルバーにでも居そうなビッグママ。体格、声の大きさ、かもし出す雰囲気、どれをとってもビッグママそのものだ。日本にもこんなママがいたのだな〜と感心したが、良く考えると昔「京塚昌子?」というビッグな女将さんがいたなと思い出した。この店の特徴は、カウンターに湯燗用の湯舟が有る事だ。湯舟と行っても徳利がニ本入るかどうかの大きさだが。ここで、自分の好みの熱さに調整できるのが嬉しいでは無いか。聞くと、小町通りで先代の頃から30年以上営業して、最近こちらに越して来たらしい。しかし、名酒を売り物にしている割にはちょっと酒のラインナップが弱いかな?と思いつつ、次の店に向った。

 ここも、先日気になっていた店で「野菊」。しかし、まだ開店時間前らしく開いていない。ちょっと順番が違うがバーへ先に行ってみよう。小町通りをずっと奥まで歩いた所にカフェ「モノリス」はあった。木造建築の2階に有るバーとは珍しい。モノリスと言えばSF映画の最高傑作(個人的にはそう思っている)「2001年宇宙の旅」に登場する謎の黒色板だ。SF好きとしては是非マスターとその話をしてみたい。店内はシンプルで、何のデコレーションも無いが、落ち着ける空間だ。ジントニックをいただきながら早速モノリスの話をふってみた。すると案の定スタンリーキューブリックの大ファンで、30年前に「2001年宇宙の旅」を御覧になっていた。他のお客さんがいないので、マスターと二人映画談議に花を咲かせた。取材のお願いもスムーズに受けて下さり、帰り際にキューブリックの遺作の話になった。あの「アイズ ワイド シャット」だ。私もなんでキューブリックの遺作があれなの?と疑問に思っていたがマスターも同じ意見。まあ、誰が見てもあの映画を絶賛する方はいないだろう。

 そろそろ開店しても良い時間なので、「野菊」に向った。カンターとテーブルが二つ。おばあさん二人で切り盛りしているようだ。(野毛の武蔵屋と同じだ。武蔵屋は若いアルバイトの女性がいるが、ここは本当に二人だけらしい)メニューを見ると何でも有る。とんかつからショウガ焼き、タコの刺身やおひたしなどなど。居酒屋と言うより定食屋と言う感じだ。「ずいぶん古そうですね」と話し掛けると、「もう40年以上かな?二人だけで。」とのこと。これは凄い。良くこの小町通りでそんなに古い店が残っていたものだ。(小町通りは観光客が大挙して押し掛けるので、どんどん店が変わっていくそうだ。)その年代を重ねて来た深みが何となく感じられる。もう取材先も決まった事だし今日は早めに帰ろうと思い、最後にカツ丼をいただいた。これが昭和の味でとても美味しい。お茶漬けも有るので、ロケの時には最後にでも寄ろうかと思いつつ帰路に付いた。

 鎌倉と言う土地柄、居酒屋2軒にしたかったのだが、バーが2軒になってしまった。もう少し郊外まで含めて調査しなければ良い居酒屋は見つからないものだなと痛感した鎌倉であった。

 

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