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晩秋をむかえ、燗酒が恋しくなる季節。明治屋で湯豆腐をつつきながら絶品のお燗酒を飲みたくなった、と言うのは冗談で(これも一つの目的ではあるが)、太田さんから是非取材したい店が大阪にあると聞き、久しぶりの大阪に向かった。
新幹線で大阪へ向かうため東京駅に着くと、なんと東海道新幹線は事故でストップしている。1時間ほど待ったであろうか、やっと運行を再開した新幹線は超満員。そんなに急ぐ旅ではないが、これ以上待つのも疲れそうなので、再開した列車に飛び乗った。しかし、これが間違い。通路に立って全く身動きが取れない。トイレに行くのも難しい状況だ。3時間近くこの状況が続いたのだから、中年の体にはかなり堪えた。
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ホテルに荷物を置くと既に午後2時。すぐさま「明治屋」に向かった。明治屋なら昼から開いている。昼食代わりである。相変わらずの歴史を感じる店内には既に女性3人グループがテーブルに陣取っている。女性が3人集まれば姦しいと言うように、喫茶店で駄弁っている様な雰囲気だ。中年の一人客である私は当然のようにカウンターの隅に腰を下ろした。早速、「松竹海老」の燗とだし巻卵、水なすびに名物の湯豆腐をお願いした。
いつものように升できっちり一合を計り、燗付け機に流し込む。当番組を昔からご覧の方、またはDVDをお持ちの方ならご存知だろうが、この燗付け機は年代物で、まことに素晴らしい。酒がお湯の中を通って下に出てきたときは、既にちょうど良い燗具合になっている。これを明治屋の名前が入ったガラスの徳利で出されるのだ。松竹海老はちょっと甘めのやわらかい酒だ。昼真っからこの酒を飲んでいれば、どんなストレスもたちまちすっ飛んでいってしまう、そんな気持ちになる。
酒に合わせた出汁巻卵はふっくらとして誰の口にも合う味だ。さらに浅漬けの水なすびはさっぱりとして口の中がさわやかな香りに包まれる。冬の名物、湯豆腐はカウンターの片隅の大鍋で常時温められ、おぼろ昆布が上にのる。単純な湯豆腐だが、こんなに美味しい湯豆腐はそうはお目にかかれない。そんな幸せな気分に浸っているのも束の間、別の女性客3人組が別のテーブルに陣取った。カウンターには私を含めて3人の中年一人客が静かに杯を傾けるのとは対照的に、テーブルにでは二つのグループがワイワイとやっている。明治屋の昼間と言えば、ゆっくり静かに飲める時間と思っていたが、時代は変わったものだ。
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時間はまだ午後3時。明治屋のすぐ前を通っている阪堺電気軌道に乗って住吉大社まで行って見た。散策場所の候補だ。大阪には何度も来ているが住吉大社は初めてだ。東京の明治神宮と並んで初詣のメッカだけにどんなに広い神社かと想像していたが、意外に有名な太鼓橋から本殿まで距離が無い。ここに何万人もの初詣客が押し寄せたらさぞかし大変な騒ぎだろうとお節介な事を考えた。そして、本殿(本宮)が4つもあるのにさらに驚いた。初詣には四つともお参りしなくてはならないのだろうから大阪の人々は律儀な人が多いのかもしれない。
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夕方5時ちょうどにJR南田辺駅に到着。駅前の商店街はどう見ても殺風景にしか見えない。まわりはすぐに住宅地だし。こんなところに太田さんお勧めの店があるとはちょっと信じがたい雰囲気だ。その「スタンドアサヒ」は、大阪の有名情報誌Meetsの巻頭を飾るほどの店だが、取材はかなり難しいと聞いていた。太田さんの推薦が無ければ、私一人ではまず取材交渉にお邪魔することは無かっただろう。外観からはそんなに凄い店だとは全く感じられなかった。
入り口の引き戸を開けると赤いカウンターが左右に伸び、左奥にはテーブル席が幾つか並ぶ。まだ開店直後だと言うのにカウンターにもテーブルにもお客さんがいる。一人客の私はカウンターの一番奥へ。内装もそんなに特徴があるわけでも無く、いわゆる普通の店だ。
まずは店名に敬意を表してアサヒの生ビールだ。カウンターの中であっちへ行ったりこっちへ来たりしているお姉さんが「うちの生ビールはドライじゃなくて、昔ながらの樽生だから美味しいですよ」と言いながらジョッキを目の前に置いた。確かに、スーパードライの生ビールより味が濃い。私もこっちの方が好きだ。メニューを見ると美味しそうなものがずらっと並んでいる。その中からきずしをお願いした。
さらに奥の厨房との間に置いてある大皿を指差し、「あれは何ですか?」と聞くと、「小鉢の中身です。出しましょうか?」といわれたので、すぐさま一つお願いした。きずしが300円、小鉢が350円。安いなーと思っていたが、出てきたきずしの立派なこと。さらに食べて驚いた。うまい!300円でこの量でこの味とは。まさに驚愕だ。その後すぐに出てきた小鉢はもっと凄い!鯛の子、インゲン、フキ、カボチャ、ナスが炊き合わせになっているが、一つ一つの味が際立っている。どこの高級料亭の小鉢にも引けをとらないであろう。これがたったの350円!もう、脳天直撃に衝撃を受けたように言葉も出なかった。店の外観や内装などでは計り知れない名店だ。
気を取り直して燗酒をお願いすると、すぐさま元気の良いお姉さんが湯煎で燗を付けてくれた。このお姉さんが店を取り仕切っているようで、何を頼んでもぱっぱとこなし、客を待たせない。そして、すばやい身のこなしの間にお客さんとのおしゃべりも面白い。さすが関西のお姉ちゃんだ。燗が付き、ゆっくりとお猪口を傾けようと思ったのだが、開店30分でもう満員。そんなに長居はしていられない雰囲気だ。カウンターの目の前の焼き場では美味しそうなうなぎが一匹丸ごと焼かれているし、もっともっと色々食べてみたいのだが、ここは早めに退散しよう。(次の日の5時に伺って取材の交渉をさせていただきましたが、最初は断られました。しかし、太田さんのお名前を出すと、良い記事を「西の旅」に書いていただいてと感謝され、太田さんなら良いかもと言っていただきました。そこで、客の引き始める8時以降ならとやっと承諾いただいた次第です。後は番組をご覧ください。)
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あれだけ美味しい料理をいただいたのでは、後の店が難しくなる。いくら食い倒れの町大阪と言ってもあの値段と味を越える店は無いだろう。なので、日本酒の店に行ってみよう。「スタンドアサヒ」の燗酒は白鶴のみと、ちょっと?だったので。向かったのは難波の「山三」。繁華街の真ん中にあり、日本酒好きが夜な夜な集まる店として有名な店だ。場所はすぐ分かり、ガラスの引き戸を開けるとなんと満員。すぐには空きそうも無い。仕方が無い。一回りしてこよう。
近くの法善寺横町に、古いバー「路」があるのを思い出し、歩いて行って見た。有名店だが実際に入るのは初めてだ。いかにもバーと言う木のドアを開けると、カウンターのみの店内で大勢の客が飲んでいる。一つだけ空いている席に腰を下ろし角のハイボールをお願いした。店は老バーテンダーと若めの二人。それぞれ客と楽しそうに話し込んでいる。店内は少し前に火災の影響で改装したため真新しい。
角のハイボールはよく飲むが、自家製の干し葡萄との相性がとても良い。その後、ジンビームをバーボンソーダにしていただき、チーズの味噌漬けと共に楽しんだ。つまみはほとんどが自家製らしく、老バーテンダー氏は自慢しつつ、大阪人特有の突込みを客と交わしている。私以外の客はほとんどが常連で、知り合いのように隣の客と話している。大阪で飲んでいる実感がひしひしと伝わってくる良いバーだ。
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もう一軒、近くの名バーにもお邪魔してみよう。「吉田バー」だ。もう70年以上の歴史を持っている店で、以前伺ったことがある。古めかしいドアを開けるとカウンターで、何人かの客が飲んでいた。奥にも部屋があり、コレクションとテーブルが置かれているが、そちらには客はいない。以前もそうだったが、奥の席に座る客はほとんど無く、素晴らしいコレクションを見に行くための部屋だ。カウンターの端に座り、ジントニックをお願いした。2代目のマスターの娘さんが現在のマスターで、ジンを樽から注ぎ出しジントニックを作った。ちょっと強めのジントニックは大変美味しい。この店では珍しく薄いグラスを使っている。私個人としては、ちょっと厚めのグラスの方が好きだ。氷がグラスに当たるカンカンという高い音が好きなので。
カウンターのお客はそれぞれ様々なカクテルを楽しんでいる。先ほどの「路」をは違って、余りおしゃべりの音が大きくなく、威厳を感じるバーと言った雰囲気だ。その中に一人絶世の美女がグラスを傾けていた。一人で飲みに来たようで、マスターとたまにおしゃべりをしている。マスターが女性だから女性の一人客でも安心なのだろう。羨ましいかぎりだ。ジントニックを飲み終わり、ギムレットをお願いした。流れるような手さばきで作られたギムレットは、意外にドライだが、氷の粒がカクテルグラスに浮かんでとても美しい。この店の良さを象徴しているかのようだ。(後日、取材のお願いをしたところ、開店前ならと言うことでOKをいただきました。まあ太田さんがこの店に来るときは、必ず開店の4時だそうだから不自然ではないなと思い、一軒目がバーと言う初めてのケースとなったわけです。後は番組でご覧ください。)
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もう3軒回り、すっかり機嫌が良くなり、先ほどの「山三」に戻るのも忘れ、以前取材させていただいた「ながほり」へ向かっていた。もう一年以上前だが、JR西日本の悲惨な脱線事故で奥様を亡くされたご主人中村さんにご挨拶もしたかったのだ。
カウンターだけの店は相変わらず混んでいる。しかし、もう一回転したのであろう、ちょうどご主人の前が空いていた。一年ほど前にもお邪魔したので、ご挨拶もそこそこに燗酒をお願いした。するとご主人は「松の司が良いと思いますがどうでっしゃろ?」と元気な声で答えてくれた。流石は大阪人。商売の顔につらい思いなど微塵も感じさせない。前にも食べたがその味が忘れられない、旬の野菜山椒あんかけをお願いし、燗酒を楽しんだ。
松の司はどっしりとしてぬる燗でやるとたまらない。そこへ出来上がった野菜の山椒あんかけは絶品。旬の野菜のうまみと燗酒がこんなに合うとは!以前伺った日の次の日に「四季の味」(ニュー・サイエンス社刊)と言う老舗料理雑誌の編集長が取材のために来たそうで、その記事を捜して読んだことを思い出した。その編集長はほとんど酒を飲まないのに、居酒屋である「ながほり」に来て感動し、野菜あんかけの記事を書いたらしい。その記事は「ながほり」のためだけに書いたような記事で、「凄く良い記事だったね」とご主人に話しかけると、「『あまから手帳』(関西の有名料理雑誌、クリエテ関西刊)の方が自分のことを良く見てくれてまっさ。」とその記事を見せてくれた。酒を飲まない「四季の味」の編集長に比べ「あまから手帳」の記者は酒を飲むのであろう。居酒屋、そして旨い酒を提供することを使命としているご主人の描写がずいぶん違っていた。それにしても、東京と関西の二大料理雑誌にこれだけの記事を書かせてしまう「ながほり」の凄さにすっかり脱帽した。その後、もう凄く気分が良いので、じらぎくの吟醸酒とハタハタの切り身干しなどをもらい、大満足でホテルに向かった。
ホテルについてから「山三」に行くのを忘れたと気が付いたが、もう後の祭り。ベッドで横になったとたん深い眠りについていた。
久々の大阪だったが、凄い店があるものだ。「スタンドアサヒ」の味と値段がもう少し都心にあったら、絶対に予約無しでは入れない究極の繁盛店になってしまうだろう。それが、南田辺の薄暗いひっそりとしたところにポツンとあるから、変わらずに残ったのだろう。遠方から来る客も多いようだが、地元の常連客と一緒に守り続けた、味と店と値段に敬意を表さなければ。
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