関連DVD/書籍情報

愉楽の銀座酒場

太田和彦著愉楽の銀座酒場 09年5月発売!! 1,700円(税込み)

太田和彦の日本百名居酒屋

「太田和彦の日本百名居酒屋」DVD 1~3巻 09年4月発売!! 各3,990円(税込み)

 

髭コラム 第5回 倉吉編

 前回の松江に引き続き山陰シリーズと言うことで、鳥取県倉吉へ向かった。鳥取県は鳥取市、米子市に続いて3回目だ。駅前のホテルに荷物を預け、すぐ近くの観光案内所でレンタル自転車を借りた。倉吉市は駅前の上井地区と少し離れた旧市街に分かれているのだ。タクシーで行っても良いが天気も良いのでサイクリングとしゃれ込んだ。
 自転車で走ること15分。3〜4キロはあると思われる道のりだ。旧市街に着くと意外と観光客が多い。白壁土蔵群と呼ばれる一帯は良く整備されており、昔の面影を残しながらも上手くお土産店などに改装し、歩いていてもとても気持ちが良い。しかし、いわゆる観光地なので飲み屋と言うものはあまり無い。ちょっと路地に入ると幾つかの店があるが、お好み焼きだったり、スナックだったりと、昔から営業している居酒屋やバーの部類は見当たらない。
 仕方が無いので、駅前の上井地区に戻り居酒屋を探した。こちらは新しい町なので飲み屋は多いが、永年営業しているような居酒屋は見当たらない。困っていても仕方が無いのでまずは少し大きめの店「五円」に入ってみた。


 「五円」の店内はどこかのチェーン店のような作りだが、6名ぐらい座れるカウンターもある正統派の居酒屋だった。まだ客のいないカウンターに腰を下ろしまずは生ビールをいただいた。肴は枝豆だ。夏の終わりの生ビールは格別で、茶豆などのブランド品ではないが枝豆と大変良く合う。ここでじっくりとメニューを見ると、いかにも大衆居酒屋というような品々が並んでいた。
 その中に秋刀魚のっけ盛というものを発見。聞くと、秋刀魚の刺身に野菜を乗っけたものだと言う。土佐のカツオのタタキみたいなものを想像し頼んでみると、野菜をふんだんに乗せたサラダ感覚のものだった。なかなか美味しいのだが、どうも都会の洒落たカフェバーで出てくる料理風なのには苦笑した。そのうち、カウンターの隣には常連客と思われる客が、マイボトルを片手にご主人やフロアの女性と軽口を交わしている。地方の飲み屋にありそうな風景に微笑を向けながら店を出た。


 しばらく大通りを歩くと「とってん」という、古そうな寿司屋を発見。看板には寿司と酒と大きく書いてある。居酒屋ではないが、地酒が呑めそうなので、引き戸を開けてみた。すると、小さいながらも落ち着いたカウンターと小上がりの上品な店内が現われた。五十代後半のご主人と奥様の二人で切り盛りしているらしく、奥様がすぐに「お飲み物は何になさいますか?」と声を掛けてくれた。張られたメニューに利き酒セットと言うものがあり、それをお願いした。お通しは白いかの茹でた物で大変美味しい。つまみにアジのたたきだ。利き酒セットは鳥取の地酒「鷹勇」と、もう二つも地酒で、どれも大変美味しい。(銘柄は失念したが)
 そして、カウンターから出されたアジのたたきに驚いた。たたきと言っても細かくたたいているのではなく、繊細に細切りにされ、ネギがかかっている。見た目も美しいのだが、食べても大変味が乗っていて日本酒にぴったりだ。「美味しいですね」と声を掛けると、「海が近いから、鮮度がいいでしょう?」とご主人も奥様も口数は少ないが、応対が丁寧で大変気持ちが良い。調子に乗って燗酒もいただいてみた。銘柄は倉吉の地酒で「華」と言うらしい。これも燗具合がちょうど良く、旨い酒と肴で大満足だ。
 せっかくなので最後に地物だと言うマグロと白いかを握ってもらい、悦に入っていると、どんどん常連のお客さんが入ってきてカウンターは満員。ここは引き上げたほうが良さそうだ。後のお客さんに席を譲るのも呑み助のエチケットだ。(後日、電話で取材のお願いをしたのですが、居酒屋ではなく寿司屋だからと言う理由で断られてしまいました。もしこのコラムをお読みの方で行かれる方がありましたら、ゆっくり寿司を楽しんできてください。そして、酒も。)


  もう寿司も食べてしまったので、今度はバーだ。インターネットで探しておいた「ライムストーン」へ向かった。駅前の雑居ビルの一階。なんの変哲も無いドアを開けるとそこには素晴らしいオーディオルームがあった。10名ほど座れるカウンターにテーブル席が幾つか。その後ろに、JBLの大きなスピーカーが二つ鎮座している。カウンターの後にはプレイヤーと大きなアンプ類が並んで、いかにもジャズバーという雰囲気だ。ジャズ好きには堪えられない。
 ジントニックをいただき話を聞くと、ジャズと酒好きが高じて、脱サラでこの店を開いたそうだ。なんとも羨ましい。独断で番組のBGMはジャズと決めた私の趣味に、ぴったりの店だ。それも、都会ではなく故郷の土地に店を出すとは、一瞬で気に入ってしまった。やはりジャズにはバーボンだろうと言うことで、イエローストーンとジンビームのライを追加して、マスターと楽しくジャズ談義をさせていただいた。最後に、取材のお願いと古いバーを紹介していただき、うきうきと店を出た。(後は番組でご覧ください)

 昼間、旧市街では見当たらなかったのだが、ライムストーンで教えていただいた「ドンキー」へタクシーで向かった。すると、案の定私が歩きまわったところとはちょっと違うところに「ドンキー」はあった。
 店の前に立つと、大きな樽に可愛くディスプレイされたボトルたちが、出迎えてくれた。店内は長いカウンターのみで、バックバーには所狭しと洋酒の瓶が並んでいる。先客たちはみんな楽しそうにグラスを傾けていた。
 一番手前に座り、まずはジントニックをお願いした。ベテランのマスターとそれを支える奥様のコンビが絶妙で見ていても大変心地よい。たまたま隣に座ったお客さんが、「どちらからですか?」と声を掛けてきた。「東京からはじめて来ました」、と答えると、「良い店に入りましたね。私は、倉吉を出て他の場所で働いているのですが、倉吉に帰ってくると必ずこの店によります。倉吉で一番の店です。」と大変ご機嫌だ。私もそう思う。アットホームな雰囲気と美味しいカクテル。気を良くして、ダイキリとカミカゼをおかわりした。(後は番組でご覧ください)。


 これで、居酒屋(寿司屋)一軒、バー二軒が決まったと思っていたのだが、前述したように「とってん」の取材ができなくなり、改めて別の日に倉吉へ伺うこととなった。「ドンキー」のマスターに古い店を紹介していただき、早速その「一ふじ」へ向かった。
 旧市街にあるのだが、この一角も先日廻ったところとはちょっと違うところにあった。やはり、地元の人に聞かないと古くから続く店にはたどり着かないものだ。最近改装したのだろう。綺麗な小料理屋風の玄関だ。店内は長いカウンターだけ(後で聞いたら、二階にも部屋があるそうだ)。まだ誰も座っていないカウンターの一番奥に腰を下ろすと、目の前の女将さんらしき方が、「飲み物は何にします?」と聞いてくれた。
 生ビールをお願いしメニューを見ると、刺身から鉄板焼きまで様々なものが並んでいる。あまり迷っても申し訳ないので、刺し盛を注文した。お通しで出てきたシメジのお浸しをつまみに生ビールを飲んでいると、女将さんが「どこからお聞きになりました?」と聞いてきた。常連ではないし、どうも倉吉の人間ではないとお見通しのようだ。「ドンキーから聞いてきました。」と答えると、「あそこは良い店ですよね。たまにうちにも来てくれます。」と、いかにも地元に根ざした良心的な店と言う印象だ。出来上がった刺し盛は、白いか、しめ鯖、白バイ貝などが盛り付けられ大変美味しそうだ。
 刺身に合わせて燗酒をお願いすると、燗付け器ではあったが、鷹勇のお銚子が出てきた。白いかのねっとりとした味と鷹勇が良く合う。これは良い店だ。まだ誰もお客さんが来ないので女将さんはカウンターのこちら側に座ってお酌をし始めた。聞くと、この店は50年以上続いており、息子さんが東京に出て料理の仕事をしていたが、最近無理を言って帰ってきてもらったそうだ。それを機に店舗を改装し、鉄板焼きもできるモダンな店にしたとのこと。昔は近くにJRの駅があり、この近辺はたいそう繁盛したそうである。そんな話を聞きながら美味しい魚で一杯やれば酒も回るというものだ。酔っ払わないうちに取材交渉をして、先日うかがった店に顔を出した。(後は番組でご覧ください)


 「とってん」には取材を断られたが、もう一度ご挨拶に行かなければと思っていた。店に入ると私の顔を覚えていてくださり、奥さんが「申し訳ありませんでしたね。」とすまなそうにおっしゃるので、「いえいえ、こちらこそ無理言って申し訳ありません。美味しい店にめぐり合っただけでも良かったと思っていますので。」と答え、先客の間に座った。燗酒をもらい、今日は鰯の酢締めだ。これがまた大変美味しい。ご主人は仕事に集中して何も言わないが、最後にイカゲソの湯通しをサービスしてくれた。このなんとも言えない暖かさが、この店の魅力だろう。地方の静かな町に、ひっそりと有る名店。これが地方の魅力だ。旅に出て見なければ味わえない、味と酒。倉吉に来て良かった。本当にそう思える旅であった。


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