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初回放送: #25 4/1(火) 21:30-22:00 ほか |
#25 伊豆稲取→石廊崎「龍宮」伊豆半島である。紀伊半島は伊勢志摩を巡り、瀬戸内は播磨灘を周遊し、福島は相馬原釜漁港から南下した。「漁師町ぶらり」のロケバスは今、東名高速道をおりて熱海から伊東の海岸線を通過、東伊豆町に入ろうとしていた。 「稲取漁港だってさ、漁船が帰ってきているよ」 久しぶりの漁師町の匂いで、ぶらり軍団に緊張感が走る。 「あ、西潟さん。まだ行かないで! 」 車からおりると、すぐに漁師のところへ行きたくなってしまうのだ。マイクもカメラも何の用意もできていないのだからディレクターのK氏が焦るのも無理はない。その、最初の出会いを「絵」にしたいらしいのだ。
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「キンメだよ。大島付近まで行って、朝のうちに釣って帰ってくるんだよ」 いつも息子と2人で漁をするという親父は、まぁまぁの釣果と言いながら嬉しそうに日焼けした顔をほころばせる。港に水揚げされたキンメダイはすぐさま漁港内に運ばれて計量、職員が大きさに分別して目方を書いた紙を漁師に渡す。得意そうに船に帰る、親子の背中がたくましく見える。 「そうだぁ、伊豆稲取はキンメダイの港なんだよ」 町中を見渡せばキンメダイの文字と、キンメダイのイラストだらけ。料理旅館の送迎車にも真っ赤なキンメダイが描かれてある。そうとわかると漁港の片隅に座り込んで、何やら作業をしている老漁師が気にかかる。 「明日出る、キンメダイの仕掛けだよ。船に乗ってるのが息子でね、オレは引退して仕掛け作りだぁ。ハハ・・餌はサンマとイカ、サンマの方が食いがいいねぇ」 餌のイカは食紅で真っ赤に染まり、漁師はそれぞれ仕掛けに工夫を凝らしている。親父が作った仕掛けで、息子は漁に出るのかぁ。夢は無事と、大漁である。 |
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稲取の宿は旅館民宿「勝丸」で、料理は予想通り「キンメダイの煮付け」大皿盛りである。真っ黒の醤油色に、真っ赤なキンメダイが沈んでいる。煮汁を味見すれば、今では珍しくなった「関東煮」の基本。猛烈に甘くて辛い「甘辛煮」は、伊豆半島に生きていた。 キンメダイは大きく澄んだ金色の目と、真っ赤な体でキンメダイ(金目鯛)なのだが、特徴は胸ビレの筋肉にもある。泳ぎは主に胸ビレを使うキンメダイは、血合い筋がここに集中しているのだ。よく締まった黒っぽい筋肉、ここがすこぶる旨い! ビールはいつしか焼酎になって、見る夢は水深500㍍のキンメダイ。暗闇で獲物を求めて食いつけば、いきなりぐいぐいと引っぱられる。セピア色の体色はこの時の興奮で真っ赤になるのだ。伊豆稲取は、キンメダイの港だった。明日はどこで、どんな出会いがあるのか・・オヤスミナサイ。 |
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伊豆半島の最南端、石廊崎灯台の真下あたりに「石廊崎漁港」はあった。狭い入り江かと思いきや、かなり深い入り江で、ここも昔から「風待ち港」。つまり帆船の時代から風を待ち、あるいは風を避けた自然港である。 ちょうどイセエビ漁の時期らしく、漁師は揚げたばかりの刺し網から魚を外したり網の繕いに余念がない。猫の額ほどの舟揚げ場にカモメがいて、落ちている魚をついばんでいる。何の魚だろうと近づけば、カモメが飛び退いてニザダイが落ちていた。辺りを見るとタカノハダイも、イタチウオも、ハコフグだって落ちていているではないか。 「そんなモン、食わねぇよ。刺し網に引っかかったモンだから捨てたんだよ」 漁師が、これが獲物だとクーラーボックスを開けると、ブダイがいっぱい入っている。ブダイ? 関東の千葉や三浦辺りではバカにして食べない魚である。タカノハダイは千葉の魚屋で売っていた。ニザダイ(さんのじ)だって好んで食べる地方はあり、ハコフグなんぞは高級魚だよ。所変われば・・を、まざまざと見ては驚くばかり。 「こっちを持って行けよ、そこで料理してくれんだろうよ」 40㌢はあろう大ブダイをもらってしまい、そこで料理の「そこ」を漁網のすき間から覗けば食堂「龍宮」とあった。
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石廊崎の龍宮は、朝も早い開店準備中にもかかわらず、わがままな旅人のお願いを聞いてくれたのである。目の前で「拾った魚」と「いただいた魚」を、なんと料理してくれたのだ。それだけではない、厨房を貸してくれてハコフグ料理は自分でやれとまで・・石廊崎の龍宮は、浦島太郎の「龍宮城」ではないか、と言う気がするよ。 ブダイの刺し身もさること、ニザダイの刺し身は脂がのってこりこりとしてすこぶる旨い。それなのに、竜宮の主人はいぶかしそうなあきれ顔。こんがりと焼けたハコフグを味見してもらえば、まずくはないと言いながらも箸をなめての味見だけ。その後「ぶらり軍団」は、すべての魚をハイエナのようにしゃぶり尽くしたのは言うまでもない。うーん、朝からビールが旨い!
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伊豆半島の南端は古くから貿易船などの通過地点であり、風待ちだけではなく水や食料の補給基地でもあったことだろう。自然港とはいえ港としての歴史は相当に古いようで、船を係留する「もやい」は自然岩をくり抜いた「もやい岩」である。それらが入り江の縁をいくつも連なっていて、今でも使われているのだからスゴイ。 きれいな水に感動していると龍宮の主人が、昔は海底の砂利まで数えられたものだと言う。飛び込めば、岩が真っ赤に見えるほどイセエビがまとわりついていたとは、これもスゴイ話だ。年齢を伺えば40年ほど前の話で、90歳を超えるお父さんがまだ刺し網からゴミを外している。うららかな日差しに包まれて、ここは石廊崎の最南端。国道からずっと離れて深い入り江の奥に隠れる、時を忘れる龍宮城。 |
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