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初回放送: #18 12/15(土) 15:00~15:30 ほか |
#18 播州室津魚市場の喧騒から逃れるように、朝日の漁港を散策する。おそらく夜明け前に出漁し、一仕事を終えて帰ってきたのだろう。捕れた魚を市場に下ろした安堵感が、どの船にも漂っていた。元気に働くオネエサンを発見すると、足は自然そちらへ向かう。 「アハハ、3人とも私の息子よ。こっちにいるのがお婆ちゃん! 」 漁船に乗る3人の若者は息子たちで、傍らのお母さんらしきがお婆ちゃん。で、あなたはお母さん・・。ここでも男衆は船が居心地いいようで、女衆は陸で楽しそうに魚を運んでいる。足下の岸壁を指さして、 「そうよ、そこからあっちは男の世界。こっちの陸は、女のもんなんよ」 恐れ入りました! ところでお婆ちゃん、手に持ったアナゴどうすんの? 「そこで食堂をやってんの、これから帰って開店よ」 「えっ、オレまだ朝飯を食ってないし・・ビール、ある? 」 |
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ひょんなことから、漁師のオバチャンが経営する「市場食堂」へ行くことになった。港から坂道をやや上ったあたりに食事処「福」はあり、想像していた「店」とは違ってオシャレである。道中のひなびた瓦屋根と店内の造りにギャップを感じるも、まずはビールでカウンター席に座る。 これでも食べていなさいよ、と出てきたものが捕れたばかりそのままのクルマエビ・アシアカエビ・シロエビで、頭をむしって皮を剥こうにもぴちぴち跳ねて、やっぱりここは漁師小屋だった。生ビールは早くも2杯目で、漁港で見たワタリガニが室津風韓国料理「ケジャン」になって目の前に。足をつかんで腹肉のあたりをガブッ、うんめぇ~っ! 「ところでまだ朝の7時半? 朝からビールって、こっちの漁師スタイル? 」 「そうよ、もうみんな来るころよ」 これじゃ「朝定食」ではなく「朝から宴会」じゃないか。オバチャンは港にいるときの堂々とした漁師女将風とは大違いで、店に入ると恥ずかしがり屋さんなのだ。ぶらり軍団のカメラには写さないで~っ、マイクには声もダメよ~っ恥ずかしい! 映像の音声が聞きづらいのはそのためで、視聴者にはこの場をかりて陳謝!! それでも出された料理はいずれも播州室津ならではで、旨い! と声が出る前に、う~んと唸ってしまうものばかりだった。
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アナゴは白焼きにタレを通して再度焼くのだが、なんと頭付き。白焼きの香ばしさにタレの甘さが絡んで、旨いからと頭まで口に入れて失敗。頭は食べないわよ! と厨房の奥から声がする。圧巻はアジの三杯酢。焼いて酢にしたアジは頭も内臓もそのままで、ウロコまでそのまま付いているのだ。それが妙な食感と旨味を出しているから不思議。 撮影終了の合図で、オバチャンは漁師の顔にもどって自然体。声も大きく、ぶらり軍団と一緒に記念撮影だってさ。パチリ!
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播州室津の家並みは海に平行した細い道をはさんで、両側に隙間なく連なる。日差しの方へ道をそれると海であり、老夫婦がおびただしい量の干物を干している真っ最中。これは何? と聞くのだがどれも飴色で、7種類くらいはありそうだ。白ゴマが振られているから、どうやら味醂付けなのだろう。カラス除けに漁網がかぶさり、猫除けに高く掲げると、タコの干物が海風に揺れた。 |
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岬の高台にある賀茂神社をめざして、ぶらりと歩く。ほどなく「吉村造船所」なるを発見、瀬戸内漁船独特の「舳先の飾彫り」について伺ってみようと人影を探す。 すみませ~ん、と声をかけたのが吉村廣夫さんで社長だった。飾彫りに納得すると話は予想だにしなかった、「和船」のうんちくへ。吉村さんはなんと、現在では非常に希少になった和船の技術者で、自ら後生に遺そうと「一本釣り漁船」「伝馬船」の縮尺模型を造っていたのだ。 和船には12の「干支の名」で方角があり、真ん中に「船魂様」が鎮座する話。左右の檜(かい)には先代や先々代の名や、沖縄で戦死したやはり船大工だった兄の名を記す話。どれも大きな精神世界を見るようで、話を伺いながら模型の和船を見ていると、船は「宇宙」のようにも見えてくるのだった。 漁師が「板子一枚の下は地獄」と言っていた時代、船に安全を願って「神を鎮座」させたのだ。また檜には先祖の魂を宿し、無事の帰還と豊漁を祈願したのだろう。偶然に出会った吉村造船所は操業130年余り、3代目吉村さんの「もう技術者はいない・・」の言葉が、胸につまる。
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吉村さんの話の余韻を引きずって、賀茂神社の坂を上る。播州室津は小さな漁港と思っていたら、意外や歴史のある重要な港だったのだ。毎度のことながら予備知識をもたない「ぶらり旅」で、ちょっと恥ずかしい。 絶景の地があるというが、尋ねる人影もなく、このあたりではないかと旧道らしきを断崖絶壁の方へ下りてみる。猫の額ほどのその場には小さな社が建ち、瀬戸内の海を見つめているようでもある。沖合には大小様々な島が浮いているようにあり、どれもこんもりと木々が生い茂っている。シーボルト先生が「絶景」と称したと聞くが、高台から見る海は油を打ったようにべったりとして動かず、島は影と対称になってただ静かである。 恐らく100年も200年も前の昔から、同じ風景だったに違いない。そこには手漕ぎの和船が勇ましく行き交い、男衆は魚を追い、女衆は今と同じように魚を売って歩いていたはずだ。朝からビールのせいか、昔の光景が今にだぶる。吉村さんの、あの小さな和船をえっちらえっちらと漕いで、向こうの島まで行ってみたい。
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