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漁師町ぶらり 食と笑顔を訪ねる海岸線の旅

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漁師町旅日記
#10 大境・かぶす鍋
高岡駅から出発するJR氷見線に平行して、海岸線は氷見漁港を目指す。
道路脇にはブリ型のオブジェが連なったり、町のポスターには「ブリうそつかない」などとあって、ブリの町にいよいよ近づいていく。
ほどなく氷見市内にスーパー銭湯を発見、風呂好きの旅人はちょいと休んでいくとする。さっぱりとすれば、小腹もすいた。
氷見駅前に「旅路」なる暖簾も都合良く風にゆれて、地元人が薦める名物は「かぶす鍋」だった。
意味不明の鍋料理は、カニやタラなど魚貝類の他に、ジャガイモなどの野菜まで入った味噌仕立て。大きな鉄鍋に入った熱々は1000円で、大満足すれば地元人との会話もはずむ。
かぶす鍋はブリ定置網の漁師料理で、本場はこの先の大境だと言う。漁港は氷見が有名でも、富山定置網発祥の地が大境と聞いては行かねばなるまい。
写真写真
写真写真 海岸道が曲がりだすのは、リアス式海岸の能登半島国定公園に近づくからだろうか。わずかな距離でも40分ほどかけて、大境漁港に到着。
見知らぬ旅人が大型定置網に乗船するだけでなく、漁師と一緒に「かぶす鍋」まで食いたいと願い出ては大境の漁師もびっくり。
予備知識として少しだけ聞いた話は、ますます乗船したくなるほど魅力的なのだった。
そもそも大型定置網漁は、個人で営むのは不可能なほど資本と危険がともなった。お金や物を出し合っての株組織は、株式会社の原型でもあろうか。漁師たちもそれぞれに株を持ち合って、株数により漁獲高を振り分けた。これが株数(かぶすう)であり、「かぶす鍋」の語源となる。
話は、それだけではない。
大境の漁師たちは今でも、白木の曲げワッパで組んだような、大きな円錐形の弁当箱を持って船に乗る。直径30?はあろう弁当箱の中には、白い飯のほかに"かぶす"を食べる丼茶碗が一つ収まっている。
一升分の飯は非常食も兼ねてはいたが、家に持ち帰ってこそ喜ばれた。船で作った"かぶす"も家で作るより旨く、弁当箱の飯ともども家族は待ちこがれたという。
写真写真
写真写真 話は、まだ続く。
この弁当箱は救命具にもなり、事故で海へ落ちたとき、仲間がとっさに弁当箱を投げる。木製ながら機密性の高い弁当箱は、それだけでしばらくは浮いていられたと言う。漁師にとっては、守護神のような弁当箱様なのであった。
今の漁師も代々受け継ぐものや、引退して使わなくなっても磨くことだけは怠らない。
翌早朝のまだ暗闇の大境漁港に、定置網漁の母船が電気を灯して停泊していた。風が出てきて、湾内にも波がうねっていた。漁師たちはそれでも無言のまま、手に弁当箱をぶら下げてやってくるのだった。棚に次々と並ぶ弁当箱は置き場所が決まっているようで、整然として神々しくも見える。
甲板では暖を取るために火が燃やされて、かぶす用の大鍋が傍らに転がっている。沖で漁を終えると昼時になるのだろうか、賄い役は甲板からそこそこ安価な魚を拾い集め、火にかける情景が目に浮かぶ。漁師たちは大きな弁当箱を膝に抱えて、円陣を組むのだろう。熱々の「かぶす鍋」は、それぞれが丼によそうのだろうか。船が揺れて、さぞ食いにくそうとは素人考えなんだろうな…。
あぁ、一緒に膝を交えたい!
写真写真
写真写真 「ちっと、まずいなぁ」漁師が耳だけをそばだてて、燃える炎に手をかざしながらつぶやいた。船頭だけが、いつまでもやって来ない。海鳴りがして、沖に白波が飛んでいる。10人ほどの漁師は淡々として出航準備、そこに一報が入る。
電話を持った操縦席の漁師が、
「欠航!」
と叫んだ。今まで燃えていた釜に、水が入った。白い煙が立って、燃えかすが海に投げられた。
漁師たちは来たときと同じように、それぞれの弁当箱をぶら下げて帰って行く。
父ちゃんが定置網の漁師だったという民宿「なかやち」のオバチャンが、かわいそうな旅人に「かぶす鍋」を作ってくれた。
雑多な魚が入るわけではなく、マダイ一匹だけの白味噌仕立て。1階の3畳ほどのコタツ部屋は上がり間口になっていて、白木の弁当箱がそこにあった。
「船に揺られると不思議なモンで、飯も旨かったです。『かぶす』も陸で作ったんじゃ、同じ味にはなりまっせん」
写真写真
写真写真 マダイの「かぶす鍋」は、贅沢な一品かもしれないが、大境の漁師町の味が染みわたる。熱々の汁をすすって、言葉が出ない。新鮮などという言葉より、とれたばかりの海の幸に勝る味はない。調味料などという言葉が、似つかわしくないのに…
「魚だけで作ったの?」
「そうだぁ」
「味噌は普通の味噌?」
「そうだぁ」
旅人は、そこまで。大境の定置網漁船に乗って、大境の漁師と一緒に「かぶす鍋」なんて罰当たりだった。
海が怒って、無事を頂いたのかもしれない。
漁師町を少し散策すれば、隣りは女良(めら)漁港。古い漁師小屋の屋根瓦が不思議で、目を凝らすと無数のブリ型が並んでいる。かつてはブリの豊漁を願ったものだろうが、今では兵どもが夢の跡のようにも見える。
ほおかむり姿のオバアチャンたちが、風吹く漁港で何やら作業をしている。真っ黒なボロ切れのようなものをロープに吊していて、みんな真っ黒。
ワカメに藁灰をまぶしてから干す、灰干しワカメを作っているのだった。
写真写真
写真写真 「持ちがよくて、色もいいんだよ。真っ黒になるから、触っちゃダメよ」
小屋の奥から袋を出してきて、落ちた破片を少し入れてくれた。
通りすがりの男に、もう会うこともない旅人に、真っ黒でも優しい手がわずかに触れる。
 

 釣り曜日 西潟市場

「釣り曜日」
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1953年 新潟県に生誕。
「食と笑顔」を人生のテーマに、旅と取材と執筆活動を続けている。
現在、アウトドア誌で「食」に関するエッセーや、日刊ゲンダイ「市場食堂で食う」(写真も)などを連載中。
 
   
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