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#6 懐かしのあの民宿へ
親不知・子不知とは、新潟と富山の県境にある断崖絶壁のこと。
高速道路で抜ければトンネル内で味気ないが、海岸線を走る国道から見る景色はさすがに凄い。エルグランドの大きな車窓から崖下を見ると、後部座席でもシートベルトを握ってしまう。
富山に入ると、すぐに朝日町。民宿「まつや」は、オレを覚えていた。思えば3年ほど前の雪の夜、遭難状態だった不審男を泊めてくれたのだった。その時の「何も無いけど…」の、本当に「何も無かった」ことが忘れられず、また訪ねてしまった。
写真写真
写真写真 「よう、来ンしゃった。明日も魚津の市場へ行きなさるけぇ?」
エチゼンガニ(新潟ではズワイガニ)や名物のタラ汁のほかに、持ち込みのニギスと泥エビまで料理してもらい、ぶらり軍団は大はしゃぎ。
魚津の市場って、意味がわかってンの? 81才のオバチャンは、やっとのことで仲買の資格を取った。苦労話をしっかり聞けば、明朝は4時に起床でGO! そうとは知っても、カニが手から放れない。
宴は深夜まで及び、飲めないはずの息子・正美さんはビールをおかわり、オバチャンは茶碗酒。本場のカニの食い方まで教わっては、甲羅酒までいってしまった。何も無かった時と、エレェ違いだ…。
上越漁協地方卸売市場は漁協が主催して、地元の生産者が直接魚を持ち込むために昼間の競り。黒部市水産物地方卸売市場は市が主催して、各地方からも魚が入荷するため早朝の競りとなる。
港内の広い競り場にはフクラギ(イナダ)やハタハタ、クロソイなど北陸の魚が所狭しと並び、真っ赤に茹でられたエチゼンガニも足元に。オバチャン、1つをむんずと掴むと昨夜と同じやり方で甲羅をバリンと外してしまった。
「食ィなっしゃい!」
な、何だって~。隣りでカニの競りをやっているというのに、その横でそのカニをバリバリ…旨ぇ~っ!! カメラを抱えているというのに、両手までべちゃべちゃ…まぁ、いいっか。
オバチャン、仕事中のぶらり軍団にも配っちゃったよ…ハハハ。食え、食え~っ!
写真写真
写真写真 干物作りを日々の商売とする民宿「まつや」は、やはりシロガレイやハタハタを何箱も仕入れる。
以前は持ち帰ってから下ごしらえをしていたようだが、今は市場でアルバイトを雇って済ませてしまう。ウロコを取って内臓を外す作業くらいは慣れている、隣りに座って始めたら1箱終えるまで立ち上がれなくなってしまった。
「アンタ、上手だね」
「…フン、まぁね」
腰を伸ばしに港に出ると、そこで釣りをしているオヤジがいる。中では威勢のいい競り声が響いていて、妙なギャップがそこにあった。
釣りとはわかっていても「何しているのぉ、こんなとこでぇ」と聞きたくもなる。と、2間ほどの竿が弓なりにしなったではないか!
な、何ぃ? 釣れちまったよぉ…。
それがデカイ、40cmはあろう鯉みたいな魚。いやぁビックリで、さらに見ていればすぐさまもう1本。これって、何?
「ユゴイですよ、畑の肥やしです」
「??」
よく見れば海のユゴイではなく、気水域や湾内を好むウグイの仲間、マルタだった。食わないの?
「毒じゃないけど、人間は食いませんねぇ。トマトの餌ですよ」
写真写真
写真写真 話をしている間に、次から次へと釣れてしまう。蓋付きの大きなポリバケツがあって、見れば肥料はすでに半分ほど詰まっている。
トマトの餌の餌は、小口に切ったカタクチイワシ。いい加減な浮きは寝たままで、それがツンと動いたかと思うとダラリと横になる。またチョンチョンと根本が沈んだかと思うと、また横になる。クイッと入ったなと、こっちまで力んでしまえば、エエイ、じれったい!
オジチャン竿貸してよ、で、オレも釣り人に。
磯にクロダイを追ったころから、久しぶりに釣り竿の感触。真打ちは悠々とかまえるも、たぶん餌は途中から食いつかれて、浮きは踊っているだけ。それでも真打ちは瞬間を逃さない、ツンと竿を立てれば手応えはじゅうぶん。的はぐんぐんと引き込むも、やがて水面に口を開けて降参する。
確かに入れ食いだが、釣りってなんて楽しい。
ちょいと遊んで港内に戻ると、民宿「まつや」は仕入れを終えて帰りじたく。今日こそは朝飯を食べさせるというので一緒に戻ると、またもや干物作りが始まった。
塩水に2時間ほど漬けて長い串に刺し終えたころ、天は雨を降らせていた。
「しょうがねぇや正美ぃ、玄関に干すかい」
 何百枚ものシロガレイが、軒下に下がった。昨日は干物のしまい込みを手伝ったように、今朝は干物吊りを一緒にやる。簡単なようだが重労働で、終えて見上げると、玄関付近はかなり魚臭いのであった。
写真写真
写真写真 朝飯は、約束通り"ハチメの塩焼き"だ。
トゴットメバルは関東では沖メバルと呼ぶが、こちらではハチメである。温かい味噌汁まで用意していたとは…昨夜のこと今朝のことを思うと、眠るひまが無かったのではあるまいか。
「また、いらっしゃい」
節くれ立った手は意外にも柔らかく、壊さないように握手する。
「また、来るよ」 約束ではなく、希望がつい口に出てしまう。
いつか、また…ね。
 

 釣り曜日 西潟市場

「釣り曜日」
(株式会社エンターブレイン運営サイト内)
「西潟市場」好評連載中!


1953年 新潟県に生誕。
「食と笑顔」を人生のテーマに、旅と取材と執筆活動を続けている。
現在、アウトドア誌で「食」に関するエッセーや、日刊ゲンダイ「市場食堂で食う」(写真も)などを連載中。
 
   

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